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ぎし、ぎぃぎぃ。
店舗兼住居を兼ねた古い喫茶店の三階。誰かが傾斜が急な階段を登ってくるしっかりとした足音ときしみが畳に敷かれた布団に横たわる千雪の背中に伝わってくる。その音と振動に一瞬眠りから醒めたが、まだぼうっとした頭は微睡みを欲して長い睫毛は再び伏せられた。
すり、すりり。ふに、ふに。
ややあって。柔らかな頬に指先らしきものを押し当てられるこそばゆさに、千雪はまだ半分夢の中、色素は薄いが勝気そうに上がった眉を顰める。
(くすぐったい……)
血の気の失せた頬と対照的な赤い唇が、ほうっと自然に漏れたため息の形に心地よさげに緩まる。
頬をなぞる指先は少し硬くもその手つきは慈愛すら籠った暖かなもので、千雪の日本人離れした蒼白の頬を摺り上げ、そののち頬全体を温めるように押し当てられた。温みに惹かれ思わずその掌に顔をすりつければ、ふわりと立ち上る油と石鹸のどちらも混ざったような独特の匂いがする。柔らかな刺激を受け、少しずつ意識が覚醒に傾いてきた。
再び硬い指先で頬をなでられた後、名残惜しげに離れた手が今度は腰の弱い明るい茶色の髪の間にも差し込まれ、まるで千雪を慰め癒そうとでもするように、穏やかに優しくすき撫ぜられた。
(気持ちいい)
まだ気だるくぼんやりとしたまま、千雪は色素の薄い顔立ちの中一際目立つ赤い唇にほほ笑みを浮かべた。この手の主は恐ろしいことはしないと無意識に悟っていて、うつらうつらしながらもけして悪い心地はしなかった。
「千雪……」
青年の熱っぽくもやや掠れた低い声に名前を囁かれ、長い睫毛を揺らし瞼が反射的にぴくりと動く。
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