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先ほどからなんとなく鼻先に漂っていたのは染みついた油の匂い。しかし時としてどうにも脂っこいものが苦手な千雪は思わずうぷっと口元を手で覆ってしまう。 「ごめん。いますぐは無理……。食べられなさそう」 「また目の下にうっすらクマができてるぞ。折角の美人が台無しになるだろ?」 「余計なお世話だ。俺にクマがあっても誰もかまわない」 「俺がかまう。青白い顔した幼馴染を放っておけない」 「母さんの特製トマトジュース飲んで休めば回復するから。まだ下の洗い物残ってるし……」  「それも俺が後でやっておくから。お前はちょっとでも食べろ。大将のレバニラ、美味いぞ?」 「桂花の中華はどれも美味いのは知ってるけど……」  言いながら、わざわざ店から借りてきてくれたであろう、古めかしいところどころへこんだのおかもちの中から、中華スープとご飯、桂花飯店のロゴの入った中華皿を取り出してくれる。  大方、『喫茶 night・dreamer』の息子がまた貧血を起こしたと心配して大将自ら進んで作ってくれたのだろう。大将の初恋の人は、千雪の母の千秋だから、やたらと千雪にも甘い。  虎徹は祖父の頃から使い込まれたちゃぶ台に置くと、手際よくラップを取り外してくれようとした。 「……レバニラ食べたってすぐどうにかなるわけじゃないし」  ふるふると首を振り、千雪はまだ頭の芯に抜けきらぬ気だるさから、背中からぱたんと布団に寝転んだ。子どもの頃、このお爺ちゃんの部屋に泊りに来ると怖かったものだ。天井の節が人の目玉のようにギョロリと千雪を見張っているようで。いつもの癖でついつい顔に見えるようなところに目をやって、ため息をつく。 「ほんと、嫌になるよな。こんな身体」  千雪の貧血は根強い。体質的に食べ物やサプリで解消できる部分と、そうでない部分があるのだ。虎鉄はそれも承知で、こうして精の付きそうな食べ物をせっせと運んでくることをやめない。 「後にするか?」 「うん。ごめん。ちょっとまた寝るかも……」  ざり、と畳が虎鉄の膝下で擦れる音がし、ぬっとまた視界に千雪に覆い被さるように虎鉄の黒い眉をひそめた神妙な顔が現れる。 「辛そうだな。じゃあ、こっち、飲むか?」  低い声で促され、虎鉄のやや首元の寄れた中華料理屋の揃いのTシャツから覗く、逞しい首筋に物欲しげな視線を送ってしまった。 そこに歯を当てれば味わえる至福の快感を知っているからこそ、迫られると弱い。 「は、あ」 思わず漏らして待った溜息を恥じて、千雪は頬を染めぱっと目線を反らした。

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