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ばちん、と千雪の視界が舞台の暗転でも見ているかのように切り替わる。
目線に映る世界の色彩が暗転する。
虎鉄の身体が赤い陽炎のような光が揺らめく姿に変わり、赤い血潮が波打つように身体中を巡る姿が見える。その生命の脈動に千雪の中のもう一つの強い衝動を帯びた意識が覚醒し、かっと見開かれた明るい黄色の瞳の虹彩の半分が、見る見るうちに血のような赤に染まっていく。
「ああ……。欲しい。欲しいよぉ」
先ほどまでのどちらかといえばそっけない態度とは真逆の甘ったるい声で千雪が指先を悩まし気にかきむしりながら虎鉄に強請ると、その妖艶な変化に気がつき千雪の視界からは黒い影の塊にしか見えない虎鉄が、満足げに血のにじむ唇の端を微笑みの形にひきあげた。
虎鉄の、そのエネルギーの塊のような熱が欲しい。
思わず擦り寄った千雪の身体を虎鉄は逞しい腕で抱き止め、手早くシャツを脱ぎ捨てると自らの首筋を千雪の赤い唇の前に差し出した。
「虎鉄ぅ、もっと、ちょうだい?」
「ほら、飲めよ。がぶっと、来い!」
こんな時、あさましい自分の瞳の色は欲望を得てどんな色に染まっているだろう。獣のように虎徹を求める自分が恐ろしくて申し訳なくて、一度虎鉄に聞いたことがある。
その時も虎鉄は臆せず、恐れもせずに、ただ一言「死ぬほど、魅力的だ」とだけ千雪に応えてくれた。
(でもそんなの、俺の眩惑の魔力に嵌っているから。虎鉄が俺を想うのはただの幻想)
ぎりぎりの理性がそう囁くが、どうしても血を求める衝動を止めることができなかった。
(嫌になるよ。俺の中の、父さんの血)
今も世界中を虜にする圧倒的なその魔性の美貌でモデルとしても実業家としても長年世界に灘たるセレブリティとして有名な千雪の父。
その正体は眼差し一つで人を惑わし狂おしいほどに恋慕の情を掻き立て、相手にその身も心も全てを差し出させる強烈な魔力を持つ吸血鬼だ。
吸血鬼の父と人間の母との間に生まれた千雪も僅かにその力を受け継いでいる。しかし吸血の為に無闇に力を試すことは好まず、そのせいで普通の食事だけではどうしても解消できぬ、慢性の貧血にも悩まされることになったのだ。
自分に対し愛情とも献身とも言うべき感情を強く持たれれば持たれるほど、その血は甘く力を持って生命力が身体に巡るのだという。
虎鉄の血は甘くとろりとネクターのように濃厚で、我が身に巡るそれは内側から虎鉄に抱かれているように千雪を酔わせる。
だが甘ければ甘いほど。それが哀しくて、それが苦しくて。
千雪がどんなに虎鉄を思っても、どんなに虎鉄が千雪を求めてくれても、それは真実の愛とは程遠いのではないかと嘆くのだ。
(虎鉄、ごめんね。こんなことさせて)
あの日。あの学校の保健室で……。思い出されるのは鮮やかでどこか背徳的な記憶。
『甘い……。美味しいよぉ』
『……いっぱい舐めてな。俺の血もなにもかも、全部千雪にあげる……、千雪、あのな……』
虎鉄のその熱っぽい口ぶりはまるで殉教者のようだったのに、虎鉄の足元に跪きその膝に唇を這わせ傅いていたのは千雪の方だった。
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