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 食べ物の良い香りが漂ってきてぐーっとお腹が鳴る。目が覚めたらすでに窓の外は暗くて、商店街から聞こえる昼間の喧騒はすっかり静まったあとだった。 「起きた? 千雪。飯くうか?」  昼間の情事をまるで感じさせぬいつも通りの声色で虎鉄に誘われる。そっけない素振りでも、昼間あったことは忘れられるはずがなく。千雪は思わず自分はまだ裸ではあるまいかと身体中に手を這わすが、虎鉄の手によってしっかり部屋着のTシャツと短パンに着替えさせられていた。 「うん」  千雪はかあっと染まった頬を見られぬようにごそごそと床を這うようにしてちゃぶ台の自分が使っている座布団の上まで進んできた。そのまま胡坐をかいて、素知らぬ顔で飯を盛り付ける虎鉄の澄ました顔をちらりとみる。 「レバニラ、温めた。少し食う? それともこっちだけでも食う? お前好きだろ? ハンバーグ」    電灯の下、ちゃぶ台の上には虎鉄が作ったと思しきわかめと豆腐の味噌汁に桂花飯店で分けてもらったであろう白飯。母がつけているキュウリの浅漬けに、虎鉄の大きな手で草鞋みたいな大きさになったハンバーグが1つ。シェアできるようにドーンと大皿にのせられている。その横にはちょっとつながり気味のキャベツの千切り。店で使っているオレンジ色のドレッシングがたっぷりかかっている。 昼間食べられなかったレバニラも一緒に置かれていた。 「気分がいいから、どっちも食べられると思う」 「そうだな。大分顔色よくなった」  そういって満足げに微笑んだ虎鉄の顔に、胸の辺りがきゅんっとして同時にとても温かくなるのだ。  父親に与えられた、母と住んでいる豪奢なマンションは真夜中でも皓々とした灯りが昼間のように感じられるが、祖父の残したこの家はそれに比べて大分薄暗い。その分灯りの下に寄り添える距離の近さを千雪は気に入っている。虎鉄と向かい合い、満たされた気持ちになって千雪は優しく素直に微笑んだ。 「美味そう。ありがとう」 「食べたら、福ノ湯行こうな? 兄さんに許可とったから、家族風呂の方。その、今日。無理させたから」 「……」  千雪は急に恥ずかしくなって顔を伏せ、急にハンバーグを大きく切り取ると、いきなり照れ隠しにもぐもぐっと口に運んでむせかえる。 「おい、そんなに一気に頬張ったら!」 「ゴフっ、ゴフゴフ」 「お前、口小さいんだから!」  慌てた虎鉄が差し出したコップを手ごと掴んだら、妙にその硬く骨ばった手から昼間の記憶を思い起こし、再び虎鉄を意識してしまった。 (この手が、沢山俺のこと触って……)  千雪は涙目でむせつつ、再び顔を真っ赤に染めてしまった。 (『千雪、好きだ。一生愛してる』っていった。それって、俺のこと恋人だって認めてるってことだよね?)  そう聞きたかったけれど、急に畏まって今すぐ聞けず。虎鉄の方も何か言いたげに箸をおいたが、千雪は首をふるふると振って今度はちゃんと味噌汁の椀に手を伸ばした。

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