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「水でいいんだよ! 気合い入れたんだから」
「気合い?」
すくっと立ち上がり、もう一度じゃばっと下半身にもシャワーから零れて張れていたタライの水をかけ直したら千雪はベランダを開け放った。冷たい夜気が吹き込んで、桧の浴室から立ち上る蒸気と混じる。それらを一身に浴びて、千雪はまた大きく深呼吸をした。
(よし、言うんだ)
すぐさま虎鉄がすっ飛んできて、その背を抱き込むようにしてきた。背中にのしかかる熱い身体はいつだって、千雪を護り愛情を注ごうとする。動作ひとつで虎徹の真心をいつだって感じてきたくせに、何を迷うことがあるのだろう。
「おい、本当に風邪ひくって」
「……虎鉄」
身をよじり、裸のまま虎鉄の胸元にぎゅっとすがれば、明らかに動揺して虎鉄の腰が引けるのを感じた。させじともっとしっかり抱きつくと、彼にしては珍しい慌てた声が頭の上から降ってくる。
「千雪、裸で、引っ付くな!」
「どうして? 自分だって抱きついてきたじゃん」
「どうしてって……。昼間無理させたし、お前に嫌われたくない」
「嫌われる?」
「こんな格好で……。我慢できなくて、俺からまた手を出したら、お前嫌がるだろ、キスひとつであんなに嫌がって……」
苦悩が滲む声、それは虎鉄の紛れもない本心なのだろう。いつもよりずっと弱気な声色に、自分の態度が実は虎徹を深く傷つけていたのではないかと千雪は初めてそう悟った。
(虎鉄、ごめん)
それを今すぐ挽回したいと即、千雪は行動に移した。
「嫌じゃ、なかったよ」
千雪の細く長い腕が虎鉄の後頭部をしっかりと掴んで踵が浮くほど懸命に背伸びを試みる。ふらつきかけた腰を虎鉄のたくましい腕にしっかりと抱きとめるのを感じながら、見たよりずっと柔らかな虎鉄の唇に千雪は懸命に自分のそれを押し付けた。
技巧もなにもない。ただ押し付けるだけのそれでも精一杯で、ただ時間だけは心の全てを伝えたい一心で長かった。されるがまま虎鉄がまったく反応を示さないことに少しだけ胃のあたりがぎゅっと締め付けられたが、ゆっくり口を離すと緊張から潤んだ瞳で上目遣いに呟いた。
「虎鉄のこと、ずっと大好きだったから。だからね? 俺と付き合って。お願い」
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