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とてもよく眠った後の清々しい気分。千雪が目を覚ますと、明け方まで自分を抱えるようにして眠っていたはずの虎鉄の姿はすでになく、のろのろと布団から腕を出し枕元をさぐりひきよせたスマホで確認したらもう9時を回っていた。いつもきちんとなるはずのアラームを止めた覚えも、鳴った覚えもない。それほど滾々と眠り続けてしまったらしい。 「いけない……。モーニングの手伝いしないと」    ふと枕もとを見れば、普段通り千雪の着替えが一式きちんと畳んで並べられていた。昨日眠る前に用意した記憶はないから、きっちり明日の支度をしておく千雪の癖を知り得ている、虎鉄が用意してくれたのだろう。 (へへっ。昨日ついに。俺、虎鉄に告白しちゃった)  ほっこり嬉しくてにやけてしまったが、そんな自分にテレまくって誰に聞こえるわけでもないのに言い訳を呟いてしまう。 「でもさ、俺が寝落ちするぐらい疲れさせたのも虎鉄だもんな。これくらいしてもらわないと。いたたっ」  いつもの調子でむくっと起き上がったら身体の節々がやたらと痛む。  貧血は治ったとはいえ、運動が苦手でかつ、あまり柔らかい方ではない千雪の身体は、ぴりぴり痛む腰はおろか足の付け根なんかがギシギシ軋む。着替えをして腰を摩りながら階段をギシギシ一歩ずつ踏みしめて降りていったら、虎鉄が千雪の代わりに案の定すでに千秋を手伝って働いてくれていた。  千秋は手すりを杖よろしくよろよろと降りてくる息子を呆れ顔で見上げてから、千雪の首筋を指差してから意味深な微笑みを口元に浮かべる。  虎鉄の首のあたりの噛み痕と揃いのように、自分の首筋の辺りからもひりひりと甘い昨夜の情事の名残があるはずだから、母の微笑が言わんとする意味を正確に理解した千雪は流石に恥ずかしくて顔を真っ赤にして頭を掻いた。 「……ごめん、寝坊した」 「やっと起きてきたの? これじゃどっちが本当の息子だか分からないわね」 「おはよう。千雪」 「お、おはよ」  虎鉄はバイト中のトレードマークのバンダナを頭に巻いたまま、モーニングセットをカウンターの客に運んでいく姿は普段通りの爽やかさで、千雪ばかりが昨日の今日で恥ずかしがって顔が熱くなっているのがばかばかしくなってしまう。千雪は狭い厨房の中、忙しそうに働く二人の間を縫うように動いて自分で牛乳をマイカップに注いで、大人しく常連客に交じってレジを通り、カウンターの席の端っこに腰かけた。このまま朝食を食べてしまう算段だ。 「千雪、トースト何枚?」 「二枚」 「そっか。じゃあ、体調はまずまずだな」 「うん。おかげさまで」  今までのつんつんした態度がなりを潜め、千雪が子どもの頃のように愛らしい笑顔を向けて素直に頷いてくるのが嬉しかったらしい。こちらも終始ご機嫌な様子の虎鉄が鉄のフライパンをじゅーじゅー言わせて、千雪のためにベーコンエッグを作って千秋が用意した皿の上に黄身を揺らせてとろりと乗せる。となりに冷やしてラップをかけてあったミニサラダも皿の横にちょこんと載せたら、別皿に重ねた厚切りトーストはたっぷりのバターがかかり、香ばしい香りにお腹がぐるぐると動き出す。 「ありがと」  長い腕で虎鉄がカウンターの向こうから手渡してくれようとするが、ちょっと距離が遠い、千雪が身を乗り出すように腕を伸ばして受け取ろうとする。しかし皿の代わりに差し出された虎鉄の頭がぶつかる様にして彼にしては非常に不器用な仕草で非常に下手くそなキスを千雪の唇に送ってきた。  これはもう長年の蓄積で、どうしても千雪を揶揄わずにはいられないのだ。虎鉄にとってきっと千雪が慌てふためくであろうことを見越した動きだったのだが、今朝はどうやら勝手が違っていた。  

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