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⑦大事な恋人が記憶を失った
「ブラックナイトが記憶喪失?」
黒川甲斐の記憶を取り戻してみせるとは言ったものの、結局鶴見博を頼ることしか思いつかなかった。もちろん焔自身で何とかしたかったし、色々試してみたりもした。記憶喪失前と同じようにイチャイチャしてみたり、記憶を失う前の甲斐の映像を見せたり。いや、冷静に考えるとセックスしかしていなかった。
やっと両思いになれた大事な恋人が記憶を失った。また好きになってもらえばいいことなのかもしれないが、焔は甲斐を失うことが何よりも怖かった。
今までは甲斐を信じていたから良かったのだが、記憶を失ったままの甲斐では閉じ込めておかないと安心できない。それではいけないと思うから記憶を取り戻さなければと躍起になり、結局この男の元を訪れた。
「ちょうどいい道具がある」
鶴見はそう言うと、ピコピコハンマーを取り出した。
「これは僕の発明品、『記憶喪失ハンマー』だよ。このハンマーで頭を軽く叩くと記憶喪失になって、もう一回叩くと元に戻る」
何でそんなもの作ったんだ、と突っ込みたかったが、聞くのが怖かったのでやめておいた。
「……ありがとうございます」
まあ、聞かない方がいいこともあるだろう。
「と、いうことで持って帰ってきました」
「……はあ」
帰宅して一番にピコピコハンマーを見せると、甲斐が疑わしげな表情をしている。まあそうだろう。
「いや、でも鶴見博士は性格は最悪だけど、腕だけはいいから」
「それ全然安心できないけど」
「俺をフレイムにした男だし」
「なら大丈夫か」
どうも甲斐は記憶を失ってもフレイムのことは好きらしい。焔への恋心は忘れたのにフレイムへの好意は覚えてるって……どういうことなんだ。
「じゃあ早速やるか」
「えっ、もう!?」
「なんだよ、戻って欲しいんだろ?」
焔からハンマーを受け取り、早速自分の頭に振り下ろそうとする甲斐を慌てて止める。
「い、いや、でも……こういうのはちゃんと甲斐が決めてからやった方が……」
「決めたけど」
「で、でも…………」
でも、それを使うということは『今の甲斐』が消えてしまうということだ。元の甲斐に戻って欲しいけど、だからといって『今の甲斐』を消す権利なんてない。
だから焔は甲斐に決めてもらおうと、責任を押し付けようとしているのだと気づいてしまった。
「……俺は黒川甲斐じゃない。この世界の人間でもない。だから、元の黒川甲斐に戻すよ」
「甲斐?」
――ぴこんっ
可愛らしい音を立てて、ハンマーが甲斐の頭を叩いた。
こういう真っ直ぐで男らしいところ、何も変わってないし、好きなんだって気付かされる。
結局彼を元通りにしたいと思うのは焔のエゴでしかないのだと。
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