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第4話

 最初は混乱と対等であれないという思い込みで大切な何かが手のひらから滑り落ちていくような感覚に悲鳴を上げ、清史を拒絶した幸永であったが、それでも時間をかけて現実を受け入れ、清史への想いを自覚した今はこの内裏で住まうことにも、東宮妃と呼ばれることにも少しずつ慣れてきた。何より、今の幸永には清史との大切で愛おしい息子、音羽宮・敏史親王と名付けられた若宮もいる。子供の成長は目まぐるしく、静かで穏やかとは程遠い日常を送っているが、それでも幸永の心は今までの人生で一番、穏やかで平和な日々を過ごしていた。  とはいえ、やはり女性が纏う衣は暑すぎる。 「おたーさまぁッ」  蒸し暑い外の光景に小さくため息をついた時、この暑さに負けぬ元気な声が聞こえた。蝙蝠で扇いでいた手を止めそちらに視線を向ければ、キャッキャッと楽しそうにはしゃぐ若宮の姿がある。思わず口元に笑みを浮かべて、幸永は息子を手招いた。 「ほら、こっちにおいで」  庭で遊びまわっていた若宮は大好きな母に呼ばれて、パタパタと忙しなく足を動かしながら走り寄る。頭突きをする勢いで抱き着いてきたその小さな身体を受け止めた。あんなに小さかった若宮も、もう二歳と少し大きくなった。その重みを全身で感じながら額にビッシリと浮かぶ汗を拭ってやる。見れば若宮の守として付き従っていた女房の若那も大粒の汗を浮かべ疲れているようだった。

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