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2章(4)
「尚紀、悪いけど今夜は別んトコに泊まるか家に帰ってくれない? お前ちょっと匂うんだわ」
その日は、あるとき突然やってきた。
一つ年上の友達のアパートに雨風を凌ぐために転がり込んで数日経っていた。
その日は、友人に朝からそんなことを言われてアパートを追い出された。
確かにもう数日も世話になっている。自分がいれば、寝る場所は狭くなるし、光熱費もかかる。一人暮らしで大学に通う友達のところに何日も世話になるのは申し訳ない。
尚紀は素直に礼を言って、制服姿でリュックを背負い部屋を出たのだった。
西家には数日帰っていない。
三年に進級してから、帰る日より帰らない日の方が多くなり、次第に外泊を連絡することも無くなった。
それでも、両親からは何の連絡もない。もともと自室にこもりがちで、家族ともあまり接触はなかったから、自宅にいないということさえ気がついていないかもしれないと尚紀は思う。
高校三年生になったし、放任主義だし、といろいろお咎めなしの理由を考えたりもするが、そもそもオメガの息子の行動など興味はないのかもしれない。……そう、興味がないのだろう。
そのほうが気楽でいいかもしれない。
自分の結論に少し傷付いた自分の心から目を逸らす。
下手な期待はしたくない。血を流していると気づいて、痛みを覚えるのは自分だ。
期待は良くないと思うのは、本音では期待をしている証拠だ。自分が行動に起こせば両親との関係に何かしらの改善がみられるかもしれない、父も昔のように笑ってくれるのかもしれないと、今でも少し期待してしまう。
何度もその期待を裏切られてがっかりしているのに、それでも思ってしまうのだ。そんな自分が滑稽だとさえ、尚紀は思う。
高校を出たら家を出たいなと思っている。
独りで生きていくならば、人に期待して……、いや、期待しすぎてしまうこともない。望んだ反応が得られなくてがっかりすることもない。
最初から得られないのであれは、諦めがつく。
高校を卒業するまであと一年。ひっそり息を詰めるように生きればすぐだと思うから、今を耐えらえる。
オメガだからダメだと両親に言われ、明るい未来は見えなくなった。
このまま消えてしまってもいいかもしれないとさえ、この頃の尚紀は思うのだ。
これでもオメガだとわかる前までは、希望に満ちた将来の夢も持っていたのに。
オメガとわかっただけで、すべてを失ってしまったような気分になっている。
将来、自分はどんなふうになっているのだろう。きっと、どうなっていても両親と兄は、自分を認めてくれないのだろうと、尚紀は半ば諦めている。
尚紀はぐるぐると考える。
家族にオメガの自分を認めて欲しいのだと、それが得られないから渇望しているのだと、これまでは思っていた。しかし、最近はそれさえも分からなくなってきた。
そもそも、父親としか血が繋がっていない家族だから、いっそのこと、高校を卒業したら縁を切ってしまったほうがスッキリするかもしれないと。
そうだ、それがいいかも。
この先、独りで生きていくのだから、家族なんていらない。自分の母親は小学生の時に亡くなった。以来、自分はずっと独りなのだから。
そんなふうに、現状のモヤモヤしたものを一掃して溜飲を下げていた。人生を簡単に考えて、すっきりした気分になった気がしていた。
それが本当に実現可能なものなのか、どのようなプロセスを踏めば実現可能なのか、そんな細かいことは全く考えていなかったのだ。
望むものが得られなくて、いじけていたというのもある。尚紀は、自分が選ぶべき道を決めかねていたのだ。
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