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3章(2)★

 男に吐き出されながら、尚紀の中で、何かが終わったような、絶望的な気分に襲われた。  何も、こんな形で……。    しかし、悪夢はこれで終わらなかった。  不意に、押さえつけられていた肩を捕まれ身体を起こされ、尚紀は驚く。  男に対し、無防備に背中を晒していたことに気がついた。  この男が何をしようとしているのか、防衛的な本能が察する。  やめて! そこはだめ!  とっさに首を振って拒絶の意思を示しつつ、身を捩り交わそうとしたとき、容赦なく強い力で項を固定され、次いで大きな痛みが走った。 「いやぁ! やめてえ!」  尚紀は悲痛な声を出した。  本能で全力で拒絶反応を見せたにも関わらず、男は躊躇いもなく尚紀の項に噛み付いていた。 「あぁぁーー!」  アルファに項を噛まれたら、「番」になってしまう。それくらいは知っている。  それは噛みつかれている項の痛みと、拒絶を無視された心の痛みとショックで、尚紀は眩暈がした。 「……ぁぁ……あ」  口元から、言葉にならない悲しみや絶望のような喘ぎが漏れる。  男ががぶりと項に噛みつき、そして滲み出た血を吸い上げて、べろりと舐めた。  ぞくり、とした。  それが、嫌悪感なのか、快感なのか、尚紀には判断がつかなかった。  しかし、とっさに心に浮かんだのは、居場所がないと思っていた家族の姿。  助けて。父さん、お母さん、お兄さん……!  そして、理由もなく腹の底から湧いてきた、謝罪の言葉。  ごめんなさい。  誰に対して何に対して謝罪の気持ちが湧いているのか。尚紀にもわからない。  自分はオメガで、簡単に番にされてしまったことに対して謝罪しているのは明白で。  夢であってくれれば。  何かの間違いであってほしい……。  そう願ったのだけど。 「ふっ。これでお前は俺の番だ」  しかし、降ってきたのは残酷な言葉で。 「可愛い顔して、なかなかいい具合だからな」  尚紀は呆然とした。  そんな簡単な理由で、自分は番にされたのかと……。  そんな運命の展開に、頭がついていかず、どこかネジが飛んだよな、感情も麻痺してしまった感じ。    すると、背後が動き、項をべろりと舐め上げられた。 「ひやっ……!」  思わず声をあげる。と同時に、背筋が震えた。 「そんな色気のない声をあげるな」 楽しそうな声と共に、男が腰を突き上げてくる。そう、男はまだ尚紀の中にいた。  尚紀は刺激で身が揺れた。だけど、気持ちはそんな場合ではなくて。怖くて背後を向けないし、項に手を這わすことさえできない。  男が満足して尚紀の中から出ていくと、尚紀は意を決して恐る恐る男を見上げた。  番となった男の姿を、初めてまじまじと見つめた。  先ほどの冷たいと感じた、丹精な顔立ちが赤みを帯びて熱情を伝える。優しくはなさそうだが、熱い視線。    そして、手を伸ばし、先ほど噛まれた項に、恐る恐る指を這わせる。指の感覚に触れて傷の痛みを感じる。  ……噛まれていた。それを確認して、もう触れることはできなかった。  その傷は、この男の番となってしまった自分を否応でも受け入れなければならない証拠だった。  そうか番か。  尚紀は呆然とした。

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