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3章(5)
尚紀の悔いは終わりが見えない。
たとえば同じオメガか、もしくはベータに助けられれば……。
そう思ったが、すぐに首を横に振る。あんな繁華街で、無防備に発情しているオメガなんて危険すぎて、誰も助けてくれなどしない、きっと。
ならば、身内なら。市内の弁護士事務所に勤めている兄か母に連絡できていたならば……。
家族だし、助けてもらえただろうか。
「ふふ……」
ふとした思いつきがあまりに滑稽で、尚紀は思わず乾いた笑いが込み上げた。
何を考えているのだろう。そんなこと、あるはずないのに。可能性としてはゼロなのに。
周りの助けも、家族の助けも期待できず……であれば、頼りになるのか自分の感覚だけであったのかもしれない。
あの時発情期だとすぐに気づければどうだっただろう。身の安全を確保できただろうか。
そう思って、いや、とあっさり首を横に振る。
お金もないし、頼れる人もいない中で、自分に何ができただろう。
じゃあ、これではどうだ。そもそもあの場で発情期を起こさなかったら……。
友人に匂うから出ていけと言われた時に、素直に家に帰るべきだった。こんなことになるのであれば、家族に眉を顰められながらも自宅の部屋にこもって身の安全を確保していた方がよかっただろう。
ちょっと待って、と尚紀は急に冷静になった。
なぜ今更、自分はそのようなことを考えているのか。
いや、そこまで遡らないと、どうしたって自分は夏木に項を噛まれる展開になってしまう。そうではない分岐点はどこだったのかを知りたいのだ。
どのように判断して動いていれば、この最悪の事態を避けることができたのか。発情期が始まる前に察して避難できていれば……。
いや、そんなことは無理だ。だって発情期という認識さえなかったのだから。夏木に言われるまで、可能性として頭の端にさえ浮かばなかったのだから。
オメガという性別以前に、自分の身体の変化に無頓着で無知で、興味がなかった……。
そんな薄情で無知で軽率な行動を重ねた結果が、今の自分の状況を作り出したのではないか……。
そんなふうに理屈立てて考えていくと、不思議と気持ちが少し落ち着いてきた。
どうも、この事態を回避する術はなかったと信じたいのかもしれない。こうなっては仕方がないと諦めたいのかもしれない。もし、なにかの解決策があったとすれば、死ぬまで後悔するだろうから。
そのくらい、今の状況は想定外で予想外で、状況としては厳しい。
もう自分は夏木真也という得体の知れないアルファの番となってしまった。
運命共同体。リセットもキャンセルもきかない。そんな人生の決断を下してしまった。いや、下されてしまった。
あの、夏木というアルファと住むことになるのか。あんな怖い男と一緒になんて住みたくない。頬を叩かれ、冷たい言葉を浴びせられた記憶が蘇る。
家に帰りたい。
温かくて安心できるうちのベッドで寝たい。
そう尚紀は思う。
しかし。
きっと、もう自分は西家には帰れない。
帰る家では、もうない。
そんな事実が改めて思い起こされ、胸から苦いものが込み上げてくるのに、尚紀は必死に耐えるしかなかった。どうやって生きていくかなんて考える余裕もなかった。
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