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4章(5)

 その提案は、柊一の気遣いであると、尚紀にも分かった。  これまで一人暮らしをしていた柊一が食に困ることはなかったのだろうし、おそらく、突然ここに連れてこられ、ショックを受けている尚紀を励ますために提案してくれたのだろうと。  だから、時々、というのは気が向いた時なのだろうと思っていた。  ところがだ。  翌朝、柊一が仕事を始める前に尚紀の部屋に顔を出し、一緒に夕食はどうだろうと誘ってくれたのだ。柊一の仕事は在宅ワークの翻訳業、午後七時には仕事が終わるらしい。尚紀に五千円札を渡して言った。 「これ、夕食代ね。ナオキが好きなものを買ってきていいよ。僕は食べられないものないから」  ご飯しながらいろいろ話そうね、と言って、柊一は仕事のために自室に戻って行った。  その夜、尚紀が柊一に渡されたいくらかを使って用意したのは、パスタとサラダ。  サラダはスーパーの出来合いのもので、パスタは小学生の時の家庭科実習で習得したミートソーススパゲティだ。あれ以来作ったことはなく、詳細もうろ覚えなのだが、なんとなくの記憶を頼りに試行錯誤して、どうにか完成させた。    かなり適当なレシピだが、味見をして美味しかったから良しとする。きちんとできたのはパスタの茹で具合だけだったが、柊一は尚紀が時間をかけて作ったそのパスタを、美味しい美味しいと喜びながら頬張ってくれた。 「これ、自分で作ったの? まじですごくない? 僕なんてパスタを茹でる段階で失敗するのに!」  パスタを失敗するとは? と、尚紀が疑問に思い詳しく聞くと、このような顛末であった。 「麺は沸騰してから入れるんだよね。沸騰する前の水の状態のときに鍋に麺を入れちゃってさ、茹で上がったらデロデロだった〜」と柊一は笑った。 「説明書ちゃん読めって話だよね〜。多分そういうところからセンスがないんだなって悟って、諦めたんだ」  尚紀は誓った。  柊一をキッチンに立たせることはやめよう、そして可能な限り自分が頑張ってご飯を作ろう、と。  そのミートソーススパゲティを食べた日を契機に、尚紀は頻繁に食事の準備をするようになった。  それだけではない。部屋の掃除や洗濯など、家事一切を担うようになったのだ。  その理由は、この家の収入は在宅翻訳家の柊一の肩にかかっているということ。ならば、家の中のことは自分が一手に引き受けようと尚紀は考えたのだ。  単に何かをしていれば、気が紛れ深く考える余裕もなくて、精神衛生上良かったというのもある。  最初、柊一は何かを言いたげだったが、じきにその事情を察してくれたようで、何かを言うことはなかった。  とりあえず、自分の気持ちが落ち着くまでと言い聞かせて、尚紀は考えることを止めたのだった。 「ナオキが来てから、僕の食生活はもちろん、いろいろなことが格段に向上したよ! 毎日毎日本当にありがとう! ご飯がめっちゃ美味しい!」  毎回そんなふうに柊一が感激してくれるのを見ると、尚紀もつい気合いを入れて食事の用意をしてしまう。  なんとか二人の生活は軌道に乗り始めた。

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