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4章(6)
柊一から聞いて、尚紀が驚いたのは、二人の番である夏木の素性だった。
夏木真也と名乗ったあの男は、指定暴力団のフロント企業である投資会社を運営する経営者という。
「いわゆるインテリヤクザってやつだね」と、柊一は説明してくれた。
柊一によると、夏木は国立大学を卒業してから、不景気で就職がままらならない中、身内に暴力団幹部がいたという縁でその道に足を踏み入れたらしい。
もともとが優秀だったようで、組織内で頭角を表し、現在では経営する側にまで登り詰めた。そして組織内外でも名を売っており、幅広い人脈をもっているとのこと。南関東をエリアとするその世界では、有名な人物なのだそうだ。
ここからは柊一の視点が大いに盛り込まれている人物評となるが、かなりえげつないことも平然と行ってきたことから、頭角を表すのが早かった一方、恨みもわりと買っているのだという。
「自分の駒や利益になる人にはほどほどに優しいけど、赤の他人には本当に冷徹にできる男なんだ」
柊一はそのように評した。
また、さらに驚いたことに、彼は法律上の配偶者がいるとのこと。
「結婚してるんですか!」
尚紀が驚くと、正妻はベータの女性だと柊一は教えてくれた。とはいえ、住んでいるのは都内の本宅であり、子供はいない。夏木はそこにたまに帰るような生活を送っているのだそうだ。
「まあ、ヤクザの世界でのし上がるために結んだ政略結婚みたいなものらしくて。奥方様にはわりと礼儀を尽くしているみたいよ。僕は会ったことないけどね」
柊一はそのように説明してくれた。
尚紀が住んでいた世界とは、大きく違う世界を垣間見た。いや、それどころか片足を突っ込んでしまったのだと改めて思った。
そして、尚紀は自分の複雑な立場にようやく気がつく。
不可抗力だったとはいえ、自分は仮にも判事と弁護士の息子で、本来であれば一番関わりがあってはいけない人間に番にされてしまったのではないかと思い至ったのだ。
あれ以来、両親から連絡は一切ない。
夏木も姿を現さない。
学校は退学となったのだろうが、そのほかの自分の立場はよく分からないし、身柄は夏木に託されたまま。彼らの間でどのようになっているのか、知る由もない。
ただ、両親に縁を切られたのはそのあたりが背景にあるのかも。縁を切るしかなかったのかもしれないと尚紀は思い至り、そのように自分の中で決着をつけることで、気持ちも慰められた。
家族、帰る家、学校、友人。
そして、未来と自由……。
失ったものを考えると、まだ胸がぎゅっと締まって気苦しくなることがあるものの、この場所で、自分はなんとか生きていかねばならないのだと、そう思うようにはなってきていた。
そこには柊一との穏やかな暮らしが根底にあったためだと尚紀は思っている。
家中をピカピカに磨いて、三食のご飯を作って……、柊一の反応に心を満たされて、食事のレパートリーを増やしたいと思いレシピ本も取り寄せて。穏やかな毎日が尚紀の気持ちを癒していった。
そうして、尚紀は少しずつ、顔を上げられるようになっていった。
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