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4章(12)

 しかし、そんな三人の生活でも厄介だったのは発情期だ。やはり達也の場合も、最初の発情期からさほどに時間をおかずに、二度目の発情期がやってきた。    週二回のお楽しみ! いつものように買い物に達也と出かけ、三人分のアイスクリームをテイクアウトして帰ってきた昼前。  買い物袋から食材を取り出していた達也が突如しゃがみこんだのだ。 「どうしたの?」  驚いて尚紀も駆け寄ると、達也の身体が少し熱い。沸き立つ香りもあって、発情期であるとすぐに気が付いた。 「シュウさん!」  尚紀が仕事中の柊一を呼び、そして尚紀の時のように柊一は夏木に連絡をいれて、しばらくしたら夏木が迎えに来た。 「お前ら、本当に次から次へと発情期になるなあ」  そんな呆れた声を出したが、自分たちは生理現象で発情期になるのだし、複数のオメガを番にした夏木がそんなことを言える立場ではない。尚紀はそう思ったが、もちろん口に出せるはずもなく。  しかし、柊一も同じことを感想を持ったようで。 「だったら複数のオメガを番になんてするんじゃないの。だまって番の役割を果たしなさい。さっさとタツヤを連れてって」  そう柊一は一喝し、夏木に達也を託して何も言わずに仕事に戻っていった。  その様子がいつもとは少し違っていて、尚紀は違和感を覚えた。   柊一にしてはきつい言葉だったし、さすがに柊一も夏木の身勝手な言動に腹を立てたのだろう。  達也を抱えて部屋から出て行った夏木を見送ると、尚紀は柊一の部屋の前まで行き、どう話しかけようか少し迷う。 「あの……シュウさん。僕お昼ごはん作るけど、シュウさん食べる?」  すると、いつもは部屋から顔を出して返事をしてくれる柊一なのに、珍しく扉越しに返事が返ってきた。 「タツヤがいないのに、ごめんね。仕事が立て込んでるから、お昼はいらないや。ナオキ、一人で食べて。本当にごめんね」  結局、柊一はその日夕食も摂らなかった。締め切り前の仕事が終わらないのだという。柊一の部屋から、切羽詰まった電話の会話の声などが漏れ伝わってくるところを見ると、かなり立て込んでいる様子。  尚紀はダイニングで柊一が仕事を終えて出てくるのを待ったが、結局それは叶わなかった。仕方なく、尚紀は深夜まで仕事を頑張る柊一のために、おにぎりと彼が好きな厚焼き玉子とウインナー炒め、そして鍋に味噌汁を用意して、そのまま自室に戻ったのだった。  いつもは三人でワイワイとしているダイニングルームが、がらんとしていて今夜は一人だけ。  暖かいはずのこの場所が、暗くて冷たくて音もない。どこかで見たような風景だなと、ふと思って記憶を巡らし、思い出した。  ああそうか。西家のキッチンと似ている気がした。あの家のキッチンは、ここに比べるととても広くて綺麗だけど、寒くて冷たくていつも一人だった。  そこで尚紀は記憶に蓋をする。  やめよう。あの感覚は思い出したくない。  今の生活に繋げたくないし、昔の思い出を辛いものとして蘇らせたくない。あの頃は、いろいろあったけど、幸せだった。  達也が帰ってくれば……、いや、柊一の仕事が落ち着いて朝になれば、そんな寂しい気持ちも一掃されるに違いない。  そう自覚して、尚紀はしみじみと考える。  それは不思議なもので、尚紀はここしばらく寂しいという気持ちを感じていなかったことに気がついた。  西尚紀、十七歳。夏木の番となって半年ほどが経ち、この生活に少しずつ慣れ、居場所を見出し始めていた。

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