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5章「でも、僕にも救いがあったんです」(1)

 それから、三人にとって、互いの誕生日は大切なものになった。  年に三回くらいは特別なイベントが欲しかった。あれこれ主役を思ってはいろいろ考えるのも楽しかった。  そんな誕生日を数回経て、尚紀が夏木の番にされて二年ほど経った、十九歳の春。  突如、転機が訪れた。 「お前……、よく見なくても可愛い顔をしているんだよな」  発情期の終わりかけ。  夏木の別宅の広いベッドに寝転がって休んでいると、突如隣で横になっていた夏木が尚紀の顔に触れて、そんなことを言い出したのだ。  尚紀は身を固くする。 「なに……いきなり」  戸惑ってしまう。決して照れではなく、この男がいきなりそんなことを言い出して、何も意図がないはずがないのだ。  これまで発情期以外は放置するだけしておいて、一体何なのだと、尚紀は発情期明けのあまり働かない頭で警戒心をむき出しにした。  向けられた視線が、どこか品定めをしているようで、尚紀は居心地の悪さを感じる。  夏木は、尚紀の頬をゆっくり撫で、何を考えているのだろうか。どこか楽しそうな笑みを浮かべた。 「お前、人前に出る仕事をしないか」  それはあまりに抽象的かつ、唐突すぎる問いかけで。尚紀は咄嗟に反応できず、そのまま問い返す。 「……え」    人前に出る仕事とは。   「モデルだ。知り合いにモデル事務所の社長がいる。あそこなら……。  お前は金になりそうなんだよなー」  夏木がいきなりそんなことを言い出したのだ。  発情期明けで、鈍くしか働かない頭でも、尚紀はびっくりしすぎて、思わず両手をかざして拒絶の体勢を取る。 「えっ! 無理無理無理無理!」    いくら尚紀が無理を重ねても聞く相手ではないのだが……。  いきなり何を言い出すのだと動揺しながら尚紀はあとずさり夏木と距離をじりじり取った。しかし、夏木はそんな尚紀の意図を知ってか知らずか、ベッドの中でいきなり手を伸ばし、手首を掴む。そして身をぐっと引き寄せてきた。  尚紀が夏木の身体にすっぽり包まれる。番であれば愛おしさも溢れてくる行為だが、尚紀にはひたすら恐怖と拒絶の気持ちが湧き上がってくる。  また発情期で頭が沸いているときであれば、いいのだ。恐怖心も嫌悪感も若干緩和される。今のような、発情期の終わりかけ、脳が正常に戻りつつある時にそのようなことをされると、身体が固まってしまう。 「まあまあ、怯えるな」  夏木は尚紀が本能で怯えていることを知っている。  尚紀を背後からすっぽり抱き寄せた夏木は、自分が跡をつけた項に唇を寄せる。それは、自分が何者かを、尚紀に実感させる行為。彼がキスの代わりにやることだ。 「そんなの無理……本気?」  尚紀がそう恐る恐る問いかけると、夏木は楽しそうに言い放つ。 「お前は人前に出るべき人間だな」

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