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5章(2)

 まあモデルが嫌、だというのなら……。  夏木は少し思案する。 「モデルが嫌なら、AVだな」 「はあ?」  思わず尚紀が声を上げる。 「え、AVって……。アダルトビデオってやつ……?」  絶句する尚紀に、夏木はそう言い、整った顔立ちに底意地が悪そうな笑みを浮かべる。 「モデルが嫌ならば、だ。まあ……俺のツテから選ぶならそのどちらかになるな。  最近はアルファとオメガの『番もの』も人気らしい。お前はオメガだから、出演するとなるとお前は掘られる側だな。人気が出るぞ、きっと。  どっちでもいいぞ、お前ならどちらも金になりそうだしな」  夏木は平然と言い放った。  一体何を考えているのだ。  モデルとアダルトビデオのどちらかを選べという。モデルが無理だと拒絶しているのに、さらにハードルの高い選択肢を持ってくるというのは、どういう了見だと内心で悪態をついてから、拒絶は許さないということなのだと気がつく。  本当に嫌な男だ。逃げ場を容赦なく断つ。  夏木は言うだけ言って尚紀の反応など気にせず、ベッドから身を起こし、自分の携帯電話を掴んで部屋を出る。  しばらくして戻ってくると、尚紀に身支度を調えるようにと言った。  戸惑う尚紀に、夏木はこれから知り合いのモデル事務所に向かうという。  本気か。このわずかな間のやり取りでそこまで話が進んでしまった。 「そろそろお前も自分で食い扶持を稼げ。  オメガで頭も良くない中卒で、見た目しか取り柄がないのだから、それで稼げよ」  あまりに散々な言い草だ。思わず口を開きかけて、怯んだ。  多分……夏木にも番をアダルトビデオに出演させるという選択肢はないとは思う。しかし、番といえどその気になれば、落とすところまで落とせるのだという脅しにはなるのかもしれない。  そして、モデルという仕事でものにならなければ、その道が出現するのかも……。  やはり突き進め、ということなのだろう。  発情期で乱れた身体をシャワーで清め、気持ちを引き締めて身支度を調えると、そのまま夏木のいつもの車に乗せられて、いつものように行く先は告げられぬまま、車は発進した。  車は湾岸沿いの有料道路を走り、着いたのは東京渋谷の近く。  具体的な場所など尚紀には一切分からないが、雑居ビルの一室だった。    さっき……数時間前に夏木が言い出した思いつきのような話が、もうここまで現実化しているのかと尚紀は少し怖くなる。  狭いエレベーターに乗せられて上昇する間、尚紀は考える。一体自分はモデル事務所から、この先どこに連れて行かれるのか。緊張が胸の高鳴りとなって、ドキドキと尚紀の気分を追い立てる。  そんな緊張など我関せずの夏木は、エレベータから降りて目の前にある扉をそのまま開いた。 「あら、夏木さん。お疲れ様です」  室内にいたのは母親くらいの年齢の女性。夏木と顔見知りのようで、とても親しい感じだ。 「庄司さん、こんにちは。社長は?」 「奥の部屋で待っていますよ」 「ありがとう」  手を挙げて礼を言う夏木のフランクな対応に、尚紀は驚く。自分たち番や部下には向けられた記憶がないくらいの余所行きの顔つき。尚紀はこれから何が始まるのか分からず、それでも夏木に無言で促されるまま、室内の奥に入った。  さほど広くはなさそうな部屋にいたのは、背が高い女性。  ボブカットのストレートの黒髪が印象的な女性で、色白の美人だった。尚紀にとって、女性の年齢を察するのは難しいのだが、夏木と同年代くらいだろうか?  そのまっすぐな視線が、尚紀に向けられた。 「初めまして、西さん。オフィスニューの野上響子と申します」

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