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5章(7)

「尚紀はマインドセットが巧いよね。いや、セルフマネジメントが巧いのかな」  昼休み、そのように尚紀に話しかけてきたのは、同じプログラムレッスンを受けている、(シン)という青年だった。レッスン初日の自己紹介によると、彼は尚紀より二歳年上で、尚紀よりも大きなモデルエージェンシーに所属しているらしい。ここにいる、ということは期待の新人だ。  しかし信は、尚紀はもちろん、他のメンバーと比べても抜きん出ているオーラがあった。おそらくオメガであろうが、淡麗な容姿に程よい筋肉がついた長身でいわゆるモデル体型をしている。 「そうでしょうか」  初めて話す年上にタメ口をきくのも躊躇われて、尚紀は敬語で反応した。信は頷いて尚紀の隣に座る。  信は尚紀をはじめとして周りをよく見ていた。 「実技系のレッスンのスイッチの入り方が違う。なにか演技とか専門の勉強でもしていたのかなって」  尚紀は達也お手製のおにぎりを食べながら首を傾げる。朝八時からレッスンが始まる尚紀のために、達也が早起きして握ってくれたお弁当だ。  炭水化物だけでなく、タンパク質や食物繊維もバランス良くきちんと摂りなさいという栄養指導を受けているので、おにぎりの他にサラダと味噌汁も付けている。大きなおにぎりの中は、なんと昨日の夕飯の鶏の唐揚げが入っているテンションが上がる内容だ。  午後はパーソナルトレーニングが組まれているから、しっかり栄養補給をしておきたいと言ったら、達也が作ってくれたのだ。 「いえ、なにも。僕は高校も中退しているし……」  尚紀がそうもごもごと答えると、それは関係ないよ、と信。そういう彼は大学に通っていると聞いていた。  「モデルに必要なのは表現力だと思ってる。専門的な勉強をしていないなら、天性のものがあるのだろうね」  尚紀が受けているレッスンプログラムは、各事務所の期待の新人六人が参加している。尚紀を除くメンバーは皆顔見知りであるらしく、初日から互いをそれとなく意識しあっているのが尚紀にも読み取れ、微妙な緊張感に包まれている。そのせいか、このように気さくに話しかけられるのは初めてだった。  メンバーの中でおそらく唯一、完全なる素人としてスタートした尚紀は、最初のうちは皆に付いていくこともできず半分落ちこぼれの状態だった。そのため他のメンバーからは最初から規格外、注目外として見なされたようだった。その後、コツを掴み、次第に自己表現のコントロールが楽しくなって、ぐんぐんと実力をつけていると先生からも褒められるようになってきたが、尚紀は彼らから意識的に距離を置いている。  一人でいることには割と慣れているから問題はないと思っている。  信は手にしていたプロテイン飲料を一口飲んで尚紀を覗き込んだ。 「君は将来、どんなモデルになりたいの?」  そう問われて、尚紀は正直戸惑う。  こちらは正直モデルになれるかもわからない状態だ。彼はデビューが確約されてるからそのような質問になるのだろう。 「僕は……」  はっきり言って、モデルという選択肢が浮上したのはほんの少し前だし、それまでは将来の目標なんて考えていなかった。夏木に番にされて以降、常に足元だけを見て生きてきたのだから、将来を見据えるという発想などなかった。  あの男の番という事実を前に、将来に希望が見出せなかった。

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