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6章「二十歳、僕の人生にも転機が訪れました」(1)

 尚紀のモデルデビューは、全て仕組まれたもので順調な滑り出しだった。  ヴォイスで華々しくデビューを飾り、その後しばらく尚紀はネット広告を中心に活動した。これは野上の指示で、大きな仕事をこなす前により多くの経験値を稼ぐ必要があるためらしく、細々した仕事を多く入れられた。  あまりに分刻みで多くの仕事であったため、尚紀は早々に自分のスケジュール管理が難しくなってしまった。  そこで野上がマネージャーをつけてくれた。それが庄司君江という女性だった。野上がモデル事務所を立ち上げた時からの付き合いだという。  庄司がスケジュールを捌いてくれるようになり、また、野上と庄司の二人の売り込みによって、尚紀の仕事量は各段に増えた。  ブレイクのきっかけは早々に訪れた。デビューして半年くらいして、尚紀はとある化粧品メーカーで立ち上げたばかりのメンズラインのブランド広告を担当した。それがSNSを中心に拡散され、モデルは誰なのかと話題になり、さらにその人気が商品にも飛び火して、そのメンズラインコスメは異例のヒットを飛ばしたのだ。  それが功績となり、尚紀は新人で無名ながら、そのブランドのイメージモデルに就任することになった。    それを機に、モデルナオキの顔はネット広告でよく見かけるようになり、また、デビューを飾った雑誌「ヴォイス」でもたびたび掲載されることになり、ナオキは着実に実力をつけながら、名前が世間に広がっていったのだった。  そして気が付けば、ネット広告や雑誌グラビア、そして時にはテレビCМでも見かけるほどの人気モデルに駆け上がっていった。     転機は、デビューして一年くらい経ったある夏の朝のことだった。  その日は日曜日で、めずらしく尚紀と柊一、達也の三人はゆったりとした朝の時間を過ごしていた。  尚紀がモデルデビューをしてからしばらくして、達也も柊一の仕事の伝手から、いくつかのイラストの仕事を受けるようになっていた。  達也がバースデーカードに描いたイラストが柊一の知り合いの編集者の目に留まり、格安ながらもウェブ記事の挿絵に採用されたのだ。もともとイラストを描くのが好きだったこともあり、本人はビギナーズラックだと言っていたが、柊一が遊びで使っていたタブレットを借りて、デジタルイラストを独学で始めるととたんに夢中になった様子で、ぐんぐん上達し、今では柊一を通じて営業をかけていくつか仕事を取ってきていた。  平行して通信教育でデザインを勉強し、今後はそちらの仕事を広げたいようだった。  夏木の番となり三年。  なんとなく三人の生活も落ち着いてきたのに、珍しくその朝、誰も発情期ではないにも関わらず、夏木が部屋にやって来たのだった。  最高気温が三十度以上とテレビのお天気キャスターが言っているにも関わらず、仕立てのよさそうなサマースーツをきっちり着こなした夏木は、ダイニングで朝食を楽しんでいる尚紀に対し、一言、「荷物をまとめろ」と指示をしたのだった。

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