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6章(2)

「はあ?」  驚いたのは尚紀だけではなく、達也や柊一も同様だった。とくに、年長者で三人の代表としていつも夏木と連絡を取ってくれている柊一も、寝耳に水である様子。  突然のことで驚く三人をよそに、玄関から数人の男が失礼しまーすと入ってくる。大手引っ越し業者のスタッフと思われる男たちは、夏木の指示を受けて、尚紀の部屋に入り、瞬く間に荷物をまとめていく。  三人があっけにとられていると、最後に入ってきたのが、尚紀のマネジメントを担当している庄司。  夏木では話にならないと思った尚紀は、庄司を問い詰める。 「これ、どういうことですか」  しかし、それを遮ったのは夏木だった。尚紀の肩を掴んで自分の方に向かせる。苦い表情を浮かべていた。 「ったく、俺に聞けよ。  お前には別に都内に部屋を用意した。仕事が忙しくなってきたし、ここまで戻ってくるのも時間の無駄だと思ってな」    都内だと? 尚紀は驚く。 「家を替えるということ?」  柊一の冷静な質問に、夏木は、ナオキだけな、と言い添えた。 「えーナオキ、都内に一人暮らしってこと? いいないいな!」  そう反応したのは達也。しかし、尚紀は慌てた。 「ちょっとまって! そんなの、僕聞いてないし」  しかし、夏木は平然と言う。 「お前の意見は求めていない。俺と庄司女史で決めたことだ」  尚紀が驚いて、思わず庄司を見る。彼女は困ったような表情を浮かべた。 「ナオキ、ごめんなさいね。  ここから通うのはナオキにとって負担じゃないかしらと夏木さんに相談したのよ。そしたら夏木さんが都内に部屋を用意するって。それに、この件はナオキには内緒だと……」  庄司の言葉に、思わず尚紀は夏木を無言で睨みあげる。抗議の意思だが、当然、夏木にはひと吹きされてしまうようなことだ。  尚紀はここでの三人の生活が楽しかった。仕事で都内に出ることが増えても、ここに帰る場所があるから、頑張れたということもあるのに。 「ずいぶん勝手だね」  尚紀が硬い言葉を告げる。これまで夏木には見せていなかったような憤りだ。彼は少し驚いたように眉を上げたが、余裕の笑みを浮かべていた。 「だからお前に意見は求めてない。仕事に集中できる環境を、庄司女史と相談して調えただけの話だ。気が引き締まるだろ。しっかり稼げ」  ほら、はやく準備をしろと夏木は尚紀を急き立てる。これから新しい部屋に荷物を運び込み引っ越しを完了させてしまいたいのだという。  すべてを決めてしまっている夏木に何を言っても無駄であるというのは、これまでの経験から尚紀も理解していた。それは柊一や達也も同様で、彼らも何も言わなかった。  仕方なく尚紀が身支度を整える頃には、尚紀の少ない荷物は業者にきれいにまとめ上げられており、そのまま小型トラックの積み荷とされた。   「僕らは大丈夫だよ」  柊一は尚紀を気遣った。 「ぼちぼち帰っておいてよ。いつでも。部屋は……がらんとしちゃったけど、あそこは尚紀の部屋だから」  柊一の言葉に尚紀は鼻の奥がつんとした。それに達也も頷く。 「そうだよ。金曜日の夜には絶対帰っておいでよ。金曜日はカレーの日だからね」  あれから達也は、仕事で忙しくなってしまった尚紀の代わりに家事の多くを引き受けていた。料理の腕はめきめきと上がっている。そんなこの家の料理長が、「毎週金曜日はカレーの日」と宣言したのは半年ほど前。以来、毎週金曜日には美味しいカレーを作って待っていてくれる。  尚紀は頷く。 「うん。カレー曜日には帰る」  一緒に作ろうねと約束しあう。  夏木の番となってから三年半。尚紀は初めて柊一の部屋を出て、一人で生活することになったのだった。

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