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6章(3)
夏木が尚紀のために用意したのは、東京港区にある単身者用のマンション。ワンルームながらも、地下鉄の駅からすぐの、築浅かつセキュリティがしっかりした物件だという。
ネットを中心ながらも少しずつ顔が売れ始めていることを、庄司だけではなく夏木も心配して、このような物件になったらしい。
昼間の仕事の合間に、勝手に決めてしまったことを庄司から謝罪された。あまりに尚紀が拒否反応を示しているのを見て、驚いたらしい。
ただ、これは事務所の危機管理の一環でもあるとのこと。
「毎日電車でやってくるのはいいのだけど、ナオキのことを事務所としても少し心配をしていたのよ。それを夏木さんに相談したら、あれよあれよと都内に部屋を借りることになって」
事情は理解した。仕方がないと思えた。
電車移動はレッスンを受けていた頃からの尚紀の変わらぬ楽しみだったが、事務所の方針では諦めるしかなかった。
その日の仕事を終えてその新しいマンションに連れていかれると、すでに簡単な家具は揃えられており、荷ほどきもされていて、そのまま住めるような状態であった。
リフォーム済みのその部屋は、前の住人の住んでいた形跡などなくて、生活感など皆無だ。
玄関で少し薬品くさい、新しい部屋特有の匂いがして、当然ながら静かで。尚紀は少し気分が落ち込んだ。
柊一の部屋なんて、毎日帰ってくると料理の匂いがするし、男三人で暮らしているにも関わらず生活感に溢れていたのに。
このワンルームの部屋を見ると、柊一の部屋はもちろんだが、あの発情期の時に連れ込まれる夏木の別宅よりも生活感がない気がした。
部屋の窓の方角は分からないが、その先に赤く光る東京タワーが見えた。夜景が綺麗な部屋だが、それさえ尚紀には寂しく感じられた。
綺麗だね、と共感できる人がいなければ、寂しいだけだった。
きっとこの部屋は、都内に引っ越すことを羨ましがっていた達也であれば大喜びだろう。いつか彼がここに遊びにくれば喜んでくれるだろうな、と尚紀は考えて、少し気分が癒された。
尚紀が部屋に突っ立っていると、背後から夏木がやってきた。
「気に入ったか?」
彼は朝の姿のまま、ニヤニヤしながら入ってきた。
尚紀は夏木の姿を認めたものの、その問いかけに反応はしなかった。
夏木の番にされて、これまで両手で数えるほどの発情期を共に過ごしてきたが、未だに尚紀は夏木を克服できていない。
最初の印象が強烈で、彼の意に反することが怖かった。だから発情期以外の時は極力関わりたくないと思っている。
番同士でありながら、尚紀と夏木、双方間の信頼は薄く、特に尚紀の夏木に対しては、怖れの感情で繋がっていると言っても過言ではないほどだった。
ぽつりと夏木が言った。
「この部屋はお前の稼ぎで借りている。
自活ができるようになったってこった」
そうなんだ、と尚紀は驚く。この仕事を始める時に、自分で食い扶持を稼げと夏木と言われたものの、これまで尚紀には一向に仕事のギャランティの説明がなかった。自分がいくら稼いでいるのか知らなかったのだ。おそらく稼ぎはすべて夏木の懐に入っていたと思われる。
それでも尚紀は一人で生活できるほどに収入を得ていることに、喜びと自立と自由を感じた。高校を中退した自分が、きちんと稼げているということに、単純に感動した。
番から自立したいという目標に確実に近づいていると、かつて目標を語り合った信の姿を思い起こした。
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