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6章(6)

 生活の拠点を東京に移した尚紀だったが、夏木や庄司が言うように、多忙な毎日の中で生活の拠点を東京に置いた方が毎日は楽だった。これまで意識して無理をしているつもりはなかったのだけど、移動時間も身体の休息やメンテナンスに当てることができると、体調管理もしやすい。確かにそれは仕事の上ではプラスだった。  それでも、金曜日の夜には柊一と達也にすすめられたように、よほど仕事で押すことがなければ、横浜の柊一のマンションに帰る。尚紀は、仕事の時は東京、オフは横浜、という二拠点生活を送ることになった。  尚紀自身、柊一のマンションの方が寛げて居心地が良い一方、少し懸念することもあったのだ。  それは、尚紀が抜けたことによってわずかに変化が生じた、柊一と達也の関係。 「なおきー! 今日そっち行っていい?」  尚紀が東京のマンションで暮らし始めてしばらく経ったある日、達也が尚紀に連絡を入れてきて、そんなことを言い出した。 「聞いてよ〜! シュウさんがさ!」  どうも、突然二人になってしまい、柊一との距離感に悩んでいる様子だったが、とうとうやってしまったらしい。  達也は尚紀がモデル事務所に入ったのと同じくらいのタイミングで、柊一の知り合いの編集者の目に留まり、ウェブ記事のちょっとした挿絵が採用された。それが好評だったらしく、これからデザインにも仕事を広げていきたいと考えているようで、達也は達也で新しい世界を広げることに夢中だ。  そんな達也と柊一の距離感が微妙になったきっかけは家事の分担だった。  尚紀が抜けたことで、これまで二人で担っていた家事がすべて達也の肩にのしかかることになった。  それが少し負担に思った達也は、柊一にも手伝って欲しいと申し出た。もちろん柊一もそれは快く引き受けたらしいのだが、かつて尚紀に対して「家事能力がない」と言い切った壊滅的な家事センスは健在のようで、手伝ってみたもののあまりに微妙すぎて「仕事が倍になる!」と達也がキレ、ダメ出しをしたのがきっかけだったとのこと。  もともと尚紀があの部屋の家事を始めたきっかけは、柊一が一緒にご飯を食べようと誘ってくれたからだった。それが家事全般に広がり、柊一も家事を担うことが尚紀の心の傷を癒やすと思っていたふしもあり、手伝うことはなかったし、尚紀もそれでよかった。尚紀と柊一の間ではそれでよかったのだが、達也と柊一の関係では、そうはいかなかったのだ。  家事能力の向上に努力をしてこなかった柊一にも問題はあろうが、達也のそのダメ出しの仕方も厳しかった。直球で、クオリティが低いから、こっちの仕事が増える、と感情に任せてはっきり言ってしまい、柊一を傷つけてしまったらしい。  そこからは売り言葉に買い言葉で、二人は断裂した。  そして達也は尚紀のマンションにいて、柊一は柊一で、連絡してみると落ち込んでいて、尚紀は心配だ。  尚紀がいれば、二人を執りなして事は収束する話だったのかもしれない。しかし、話を聞けば、突然バランス感覚を失ったかのように、二人の関係は少しずつ変異しているように思えた。  もともと天真爛漫な性格でストレートに感情を表現する達也は、繊細な柊一の神経を逆撫でするところが少しあったらしい。それまでは年上の柊一が感情を抑え、さらに尚紀という緩衝材があったためなんとかやってこれた部分があったようだ。二人暮らしになったことで、そのような暗部が顕在化したのだろう。  尚紀は、達也を慰めつつ今日は遠慮なく泊まっていけばいいし、明日は一緒に帰ろうと説得した。最初は渋っていたものの、達也も最後には折れた。 「明日はカレー曜日だから、夏野菜のカレーを作ろうね」  そう言うと、最後には機嫌を直しつつあった達也は頷いたのだった。

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