50 / 156

6章(8)

 その夕食の夏野菜カレーは豪華絢爛。  茄子やピーマン、玉ねぎ、パプリカといったごろごろの野菜に豚ひき肉のハンバーグが添えられた「タツヤスペシャル」だった。  尚紀が手伝って、それに夏野菜と豆腐のサラダ、わかめと卵のスープも添えられる。ヘルシーでボリュームたっぷりの夕食だ。    そしてそのメニューは、達也のカレーが大好きな柊一への、達也なりの仲直りの気持ちのように思えた。 「わーお。いつもご飯を作ってくれてありがとう! 今日も美味しそうだよ」  柊一は、年少二人が食事を作ると、いつも心から驚いて喜んで労ってくれて、必ず完食する。  好き嫌いはもちろん、メニューや味付けに対しての苦情は聞いたことはない。どんな失敗作も受け入れてくれる。  柊一は、自分ができることとできないことを明確に分かっていて、できないことをしてくれる人に最大の敬意を払う人だった。    こういう人と一緒に住んでいたから、日々の家事も苦ではなかったのだと尚紀は思う。でも、それは尚紀と柊一の間だけで成立する信頼関係で、達也を巻き込むのは違うのだろう。  だけど。それでも今日のメニューを見れば、達也の怒りもそれなりに治っていると思う。  三人でいつものようにわいわいしながらカレーを平らげた。  三人を取り巻く空気はいつものものに戻りつつあった。 「タツヤはさ、夜どこに行ってるの?」  達也のカレーを平らげて、尚紀がそう聞いた。早速、夕食の後の片付けは柊一の役割になったらしい。柊一が鼻歌まじりに流しに向かっているその背後で、尚紀は達也に聞いてみた。  それは柊一から新たにもたらされた、新たな心配だった。 「最近、タツヤが深夜に出かけてるみたいでさ。僕が寝ぼけているわけではないと思うんだけど、この間、お手洗いに起きたらいなかったの。どこで何してるんだろう。少し心配で」  尚紀が素直に提案してみる。 「シュウさんが年長として聞いてみれば?」 「んー。だって、僕が聞いたらタツヤが怒るかも」  柊一がどことなく萎縮している様子と感じたが、尚紀も素直に頷いた。 「いきなりシュウさんが聞いたら、生活指導の先生に問い詰められる感じかもね。じゃあ、僕から聞いてみるよ」  尚紀の直球の問いかけに、タツヤはわずかに目を泳がせた。柊一の心配は、寝ぼけていたわけではなさそうだ。大人として本当によく見ているなあと、尚紀は思った。 「どこも」 「どこも、っていう反応じゃなかったよ」  尚紀が追い詰める。 「ねえ、尚紀、言ったのシュウさん?」  尚紀はうなずく。 「シュウさんしかいないじゃん。シュウさん、すごく心配してるよ。で、どこに行ってるの?」  口を噤んでしまった。 「タツヤ」 「……駅前にちょっとした飲み屋さんが入ってるビルあるでしょ」 「うん」 「あそこのカフェ」 「カフェ? そんな夜遅くに?」  タツヤは訂正する。 「んー。カフェなんだけど、バーっていうか」 「バー? カフェじゃなく」 「そうかも……」 「なるほど、お酒も出すお店なんだ」 「ウン」  それはバーだな、と尚紀は思う。 「タツヤ、まだ二十歳になってないよね」  尚紀の言葉に、片付けを終えた柊一も加わる。 「なんで入れるの?」  二人の追求に達也は言い淀む。 「それは……」 「昔は身分証がないとお酒も買えなかったよね」  尚紀の言葉に、柊一は少し考えてから、あっさりと聞く。 「もしかして、年齢偽って入ってる?」  いやな沈黙……。 「……ウン」 「タツヤ!」  尚紀と柊一は驚く。 「だめだよー!」  尚紀が思わず叫んだ。尚紀だけでなく柊一も。 「お酒は二十歳になってから!」

ともだちにシェアしよう!