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7章(3)

 達也の誕生日のため、尚紀がカレーを作った。  達也の実家では、誕生日の主役はカレーかハンバーグかを選べるという話だったが、三人の間では誕生日のメインは主役がリクエストできるというルールにいつの頃からか、なっていた。ここ数年、達也は「ナオキのカレー」をリクエストしてくるのだ。 「えー、またカレー? 誕生日にカレーって多くない?」  誕生日どころか毎週金曜日はカレーなので、尚紀はそのように渋ってみたものの、主役のリクエストは尊重されるし、何度もリクエストされるというのは悪い気はしない。とはいえ、尚紀はカレーはもとより、グラタンやちょっと手の込んだパスタなども作るのも好きなので、そのように言ってみたくもなる。  達也は、もちろん尚紀の料理はなんだって美味しいよ、と言う。 「でも、誕生日にカレーってなんか格別なんだよね。オレたちって何かあるとカレーにしてるじゃん。カレーのレパートリーもナオキは多いし」  その言葉を柊一が引き取る。 「それに、ナオキのカレーはなんでも美味しいよね。手作り感があるんだけど、味わいが複雑でお店のカレーみたいなんだよ」 「あ、わかる。今回、オレはナンに合うカレーがいいな」  尚紀にしても達也がそのようにリクエストをしてくれるのが嬉しい。達也の誕生日は前日から柊一のマンションに帰ってきて朝から材料を買い込み、達也の好物をたんまりと作った。  どれも手が込んでいるわけではないのだが、ここ数年で彼らのために習得した味だ。  達也のリクエストはカレーと餃子。カレーを作りナンを焼いた。餃子は明日も仕事はオフであるため、にんにく入りのやつをたくさん包んだ。それを半分焼いて、残りの半分は綺麗にトレイに並べて密封し、冷凍庫に仕舞い込んだ。  二人の夕食になればいいと思い、かなり多めに作ったのだ。 「そうだ、尚紀。あいつから聞いたよ〜」  達也が突然言い出した。あいつとは夏木のことである。尚紀は数年経っても夏木に慣れることはないのだが、意外にも達也は夏木と程よい距離感で付き合っているように見える。  外から見るとそのように見えるだけなのかもしれないが、達也はとてもフラットに夏木について評したりするのだ。夏木もそれを許しているようで、「あいつ」という表現が、その関係性を示しているように思う。 「精華コスメティクスのモデルに抜擢されたらしいじゃん」  達也の言葉に驚いたのは柊一。大手企業であるためだろう。 「えええ?? マジで?」  尚紀は頷く。 「うん……」  クラアントの要望で急ピッチで身体づくりをしていて、最近ジムにも通ってると話した。 「あ、だからちょっと背が伸びた感じがしたんだ」  身体が大きくなったんだね、と柊一。野上と同じことを言われて尚紀も苦笑する。 「さすがにもう背は伸びないね」 「これから市場拡大を目指すブランドだから、ちょっとね、責任重大なんだ」  尚紀はそう話した。  尚紀が聞いたところによると、ブランドで何人かモデルが起用されているので、結果的に製品ごとで売上や人気を競うことになるのだろう。その結果次第で「次」があるのか、それともないのかが決まるのだろう。  一回一回が真剣勝負の案件だ。  今は製品の売上の他にも、ブランディング力というのが注目されていて、ネットのアクセス数や動画の再生数なども判断材料とされる。それらすべてが数字として広告効果と判断されるから評価は明白だ。 「これでもっと大きな仕事に繋がるかもしれないしね。頑張らないと」  尚紀は笑顔を見せた。  今回の精華コスメティクスのプロジェクトの中には、モデル仲間でライバルともいえる、レッスンプログラムのメンバーも抜擢されている。彼とも互いに後悔がないようにベストを尽くそうと励まし合ったのだった。

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