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7章(6)

 柊一の一言に少し違和感があって、尚紀と達也は思わず無言で顔を見合わせた。なんだろう。柊一の予想外の連絡が来たようである。  柊一は、何度か相槌を打つ。 「……そうですか。  なんで、そんなことに……」  仕事かな、と尚紀が小さく呟くと、達也もそうかもね〜と頷いた。似た業界にいる達也によると、これまでも突然のリテイクで終わったはずの仕事が蘇る、といったことがわりとあるらしい。 「翻訳って専門職だし、大変だよね」  もしかしたら、これから仕事が入るのかもなぁと尚紀は思った。  仕方がないことだが、なにも今日のような日に連絡をしてこなくても……と思ってしまうのも事実で。  シュウさんの分は別にしておこうかなと思ったところで、通話が終わった。  柊一は尚紀と達也に背を向けて話していたが、振り返ると、少し呆然とした感じでスマホをテーブルに置いて、ふらふらとダイニングチェアに腰掛けた。  仕事のリテイクにしては様子がおかしい気がすると尚紀は違和感を覚える。 「シュウさん? 大丈夫?」  少し様子が変だと、達也が肩に手を添える。 「ナオキ……タツヤ」  顔を上げると、柊一の表情が硬い。血の気が引いている。  尚紀と達也は驚いた。  どうしよう、と柊一が呟いた。  何か、良くないことがあったのか、と勘に近い予感がして、一瞬胸がざわめいた。 「真也が……、刺されたと」 「え?」 「刺された?」    想定外の方向だ。  尚紀も達也も驚く。  どういうこと? と事情が掴めず、ただ柊一を質問攻めにするしかない。 「で、大丈夫なの?」 「無事なの?」 「なんで、刺されるの?」 「今の電話は夏木?」 「ううん……」  柊一は首を横に振って俯いた。 「……真也の部下」  それはどういうことか。本人が連絡できないくらいの重傷を負っているという意味か? と尚紀はとっさに考え、心配がつのる。 「で、まず無事なの?」 「……わかんない」  柊一からも戸惑ったような声。 「怪我の程度もちょっと分からなくて。でも、病院に運ばれたらしくて」  柊一によると、部下は詳細がわかったら連絡するから待て、と言われたらしい。  尚紀はいろいろと考えてしまう。 「病院に運ばれてわからないって、どういうことだろう」  達也が答える。 「本人に会えないってことなんじゃない」  尚紀も頷く。 「治療中とか?」  とりあえず、病院に担ぎ込まれたということは、怪我の程度はともかく生きているということだと判断して、安堵する。 「ねえ、なんでそもそも刺されたなんて……」 「なんで? だよね」 「本業がらみ、なのかな」  答えを求めて柊一を見るが、彼は二人の会話を聞きながら、首を横に振る。  どうやら情報は入ってきていない様子。  詳細も容体も知らされずに刺されて病院に運ばれた、では心配も募る。  せめてどこの病院か分かれば、直接行くこともできるだろうが。 「運ばれた病院はどこか聞いた?」  尚紀の言葉に、柊一はもう一度首を横に振った。  あの様子では聞く余裕も、伝える余裕もなかったのだろう。 「こっちから電話しても連絡がつくか、だね」 「向こうからの連絡を待つしかないのかな」  柊一を見ると、表情が抜け落ちていて、年少二人と比べても動揺している様子がありありと分かった。  こんなに余裕がない様子の柊一を、尚紀は初めて見た。  自分がしっかりしないとと思い直し、とりあえず気分を落ち着けよう、と尚紀は緑茶を淹れる。  マグカップにお茶を入れて、二人に渡す。 「とりあえず落ち着こう。ね?」  真夏に熱い緑茶は、熱さと香りが際立ち、気持ちを少し落ち着かせてくれたが、決して気掛かりが消えたわけではない。 「ねえ、ケーキ食べちゃおう」  柊一がそう言う。 「そんな深刻な顔しても何かが変わるわけではないから。何か分かればまた連絡をくれるよ」  そう柊一は言ったが、さすがに楽しくケーキを食べる雰囲気ではなくなっていた。    切り分けてコーヒーを淹れ直したものの、なんとなく沈黙が続き、気まずい雰囲気。  いつもはこんな沈黙だって気にならないのに。  立ち上がったのは柊一だった。 「ごめんね。変な連絡を受けちゃって。なんかちょっと知らせに驚いちゃって。こんな状態で食べてもケーキに申し訳ないから、僕は明日食べるね。二人で楽しんでくれる? ごめんね」  そう言って自室に引き上げていった。  

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