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7章(10)

 夏木の死因は、刺されたことが原因の出血多量によるショックとみられるそうだ。昨晩、横浜市内の繁華街で起こった事件の被害者となり、犯人はその場から逃走、未だ逮捕されていない。かなり大騒ぎになったらしく、朝のニュースで流れていた。 「被害者は不動産投資会社社長の夏木真也さん……病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。警察では夏木さんが暴力団との関係がある会社を経営していたとみており、組織的な抗争などとの関連も視野に捜査を進めています……」  そのニュースを、朝尚紀は達也と一緒に見た。朝ごはんは作る気にも食べる元気もなくて、ふたりで牛乳を飲みながらテレビをつけるとニュースがやっていたのだ。  流石に夏木の顔写真は報道されていなかったが、自分の番の名前がテレビのテロップに活字となって表れているのを見ると、不思議な気分になる。  夏木が、番が死んだ、という実感が、尚紀の中では未だに湧いてこなかった。  達也は昨夜はアルコールが入っていたこともあり大きくはしゃいでいたが、実際に自分の番がいなくなったことを実感して、朝から神妙な顔をしていた。 「オレたち、どうなっちゃうんだろうね」 「自由の身、になるんじゃないの」  珍しく尚紀がそのように達也を責めると、達也が「ごめん」と謝った。 「シュウさん、すごく傷ついてた。泣いてたよ。あとで謝っておきなよ」  尚紀の言葉に、達也は何度も頷く。やっぱりあれは彼の本心ではなかったのだろう。 「……うんうん。そうする。  シュウさん、許してくれるかな……」  昨夜から一転して、達也は不安そうな様子。まさか本当に夏木が亡くなるとは思っていなかったのかもしれない。 「大丈夫だよ。タツヤがかなり酔っ払ってたって知ってるもの」  そのように尚紀も励ます。ここで三人、バラバラになんてなりたくはない。 「……でも、夏木が死んだら、オレたちの三人の絆も無くなっちゃうのかなあ……」  今更であるが、この三人の絆の抜本的なところは夏木の番であるという点だ。中心となるあの男がいなくなったら、我々はどうなってしまうのだろう……。 「わかんない。でも、僕たちが七年間一緒にいたことは変わらないよ」  尚紀の揺るがぬ言葉に、達也も頷いた。 「そうだよね。今更別々に生きろ、と言われてもオレたち戸惑うもんね」  夏木が死んだ。  尚紀はそのことに驚いてはいたが、彼を失ったことに対してあまり悲しみを感じていなかった。おそらく、彼は覚悟をしていた部分もあったと思うし、なによりこの先に感じる不安の方が大きかった。  夏木に対してどのような感情を持っていたのか、未だに尚紀自身もよく分からない。信頼や愛情よりも畏怖の方が大きかったし、少し慣れもかんじていたかもしれない。少なくとも、彼は自分が番にしたオメガをきっちり面倒見ていたから。  とはいえ、番を三人も残して逝ったことは、無責任だと責めたい気持ちはある。  自分たちはこれから、発情期になるとどうなってしまうのか。  番を失ったオメガは、その番契約からは解放されると一般的には言われている。果たしてそれは本当のことなのだろうか。  夏木が死んだことが報道されても、柊一の項にも達也の項にも跡は残っているし、もちろん尚紀自身の項にも。すぐに消える、というわけではないようだった。  もう一生消えないと思っていた、この項に付けられた噛み跡がなくなる日が、本当に来るのだろうか。

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