63 / 159

7章(12)

 夏木が亡くなってからも、尚紀の日常はしばらく変わりなく続いた。  とはいえ、完全に日常が元通りというわけにはいかず、柊一と達也のことが心配で、ほとんど横浜のマンションから仕事に通う毎日となった。  柊一は葬儀の後、三日間部屋を出てこなかったが、その後は普通に過ごしている。達也か尚紀が作ったご飯を、少し残しがちになったものの、それでもきちんと食べて、生活している。  きちんと生活して仕事して生きていくことが、夏木が遺した数々の憂いを断ち、彼への供養になるのだと、尚紀と達也が柊一に説いたことも要因にあるのだろう。    やがて、柊一や達也も仕事を再開した。二人は悶々と今後を考えるより、仕事をしていた方が気が紛れるということもあるのだろう。特に柊一は、仕事を再び始めると、かなり多忙を極め、深夜まで作業が続くことも少なくなかった。  それは、過酷な現実を振り返りたくなくて、柊一自身が敢えて入れたものだったのかもしれない。  番の死去は三人にとって大きなダメージとなったが、それでも少しずつ日常を取り戻そうとしていた。  それからまたしばらくして、尚紀は自分の口座にかなりの高額が振り込まれていることに気がついて驚いた。  振込元は、所属しているモデル事務所。オフィスニューからのもの。  庄司に問い合わせると、それはギャランティだという。  夏木が死去したことにより、これまで番に支払われていた報酬がそのまま尚紀の懐に入るように、野上と庄司が取り計らってくれたとのこと。  これまで、夏木から振り込まれていた額に比べると驚くような金額で、以前達也が「ナオキが稼いでくれるからホクホクしてる。あいつマジで守銭奴」と言い捨てていたのは、あながち間違いではなく、的を射た指摘だったと悟った。  夏木の本宅との付き合いについては、葬儀以来、途絶えた。それまで夏木の指示で時折顔を見せていた彼の部下も来なくなり、三人のオメガは、夏木の周囲との付き合いがほとんど消滅した。  夏木がいなければ、こんなにも簡単で脆い関係性だったと今更ながらに気が付いた。  幸いなことに、それでも今のところ、実生活に影響はない。  だけどその一方で、三人がもし何も仕事をしていなかったら、番の逝去をきっかけに社会から孤立し、そのまま野垂れ死んでいてもおかしくなかったと尚紀は気づいて戦慄した。誰も、夏木が囲っていた三人のオメガの存在など思い出してはいない様子であったし、その後の心配などしていない。  だけど、柊一と尚紀と達也の三人の項には、それぞれ夏木に付けられた噛み跡がまだあるのだ。  気づけば、慌ただしく夏が過ぎ去ろうとしている。  夏木の四十九日を迎え、朝晩の気温が涼しさを感じる頃になって、三人の身体に少しずつ変化が現れてきたのだった。

ともだちにシェアしよう!