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8章(2)

 柊一の体調変化と同時期に、達也にも変化が現れた。  それは、都内のマンションに帰っていた日の夜遅く。達也からの電話で、尚紀は知った。  達也が声を顰めて、尚紀に報告した。 「ねえ、ナオキ。オレの項、夏木の噛み跡が消えてるみたい……」  尚紀は驚いた。思わず、まじで! と声を上げた。しかし、達也はしーっと尚紀を嗜める。 「ちょっと、大きな声出さないでよ」  電話なのに、達也は声の大きさを気にしている。尚紀もごめんごめんと謝った。 「なんかね、鏡で見ても見えないの。真後ろだからはっきりとはわからないけど。あと指で触れてみても、なんか今まであったところにない感じがするの」  達也にも確証はないようで、帰ってきたら確認して、とのこと。おそらく柊一には刺激的な話題で話せないのだろう。達也が音量に気をつけて連絡を入れてきているのも分かる気がする。 「ねえ、オレ噛み跡が消えちゃったら、夏木の番じゃなくなっちゃうんだよね……」  達也がポツリと言う。 「……そうだね。夏木はもう居ないしね」  尚紀もそのように答えるしかない。 「だよねえ……」  通話の先の達也のテンションが落ちていくのが、尚紀にも分かった。  十代で夏木に番にされて、約七年。 「そういえば、シュウさんの発情期でバタバタしていたから気が付かな方けど、タツヤはあれから発情期がきていないよね」  尚紀は突如思い出す。  健康なオメガの発情期の周期は約三ヶ月。達也は直近で六月上旬に発情期が来ていたが、夏木が死去したあと、バタバタだった九月の発情期は来なかった。  達也があえて言わなかったから、尚紀も特に言及することはなかったが、それが何を示しているのか。今、達也がこっそりと尚紀に連絡してきていることがその結果なのか。  一般的に、番に先立たれた場合、番契約は解除されると言われている。それはすなわち、オメガであれば項の噛み跡が消え、番のアルファのものでははなくなるということ。番を求め、番のために香りを発する発情期も、番契約前に戻るということなのだろう。  ようやく夏木の影響が身体から抜けてきた、と取って良いのだろうか。基本的なオメガの知識さえない尚紀には判断ができない。  加えて言うと、その翌月に来る予定であった尚紀の発情期も今のところ来てはいない。  発情期が来ていないことに、正直尚紀はほっとしていた。  しかし、それが一体何を示しているのか。達也とはまた異なるケースで、尚紀の項には、いまだに夏木の噛み跡がしっかりと残っている。  尚紀にとって、柊一と達也との絆が消えるというのは怖いこと。だけど、それと同じくらいに、次に来る発情期もやっぱり怖くて。  傷が消えているかも、という達也が、尚紀は本音を言えば少し羨ましく思えた。

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