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8章(3)

「……うん、ないね」  達也からの連絡を受けて、その翌日、仕事が終わると尚紀は横浜のマンションに帰った。  襟付きのシャツを着て項を隠していた達也に、襟を捲ってもらって確認するが、それまで達也の項に確認できていた夏木が付けた噛み跡が綺麗に消えていた。彼の項は、誰にも跡を付けられたことないような、すべすべとした綺麗な肌に戻っていたのだ。 「消えちゃうもんなんだね……」  尚紀の呟きに、番の絆が消えた達也は悲しそうな表情を見せる。 「そんな」  それは、夏木が負傷したと連絡が入った自身の誕生日に、傷跡が消えて自由になるとはしゃぎ喜んでいた達也とは思えない反応だった。 「そんな悲しそうな顔をしないでよ。達也はさ、番を失ったけど、また新しい人生を歩めるチャンスを得たんだよ」  尚紀はそう言った。 「新しい門出だよ」   おめでとう、とは言えなかった。やっぱり番を亡くしたことはダメージであるし、歓ばしいことではない。そして、尚紀にとっては達也との絆を失った気分でもある。だけど、達也のことを考えれば、新しい人生を歩むことができるのは喜ばしいことだ。  ただ、達也はそうではなかったみたいで。  尚紀に抱き付く。 「いやだよ! オレだけ自由なんて」  どうしていいのか分からないよ! と達也は嘆いた。 「オレはここにいる。シュウさんとナオキと一緒にいる! 噛み跡が消えても、オレたちの絆は消えないよね? だって、ずっと三人で生きてきたんだものね!」  達也の懸命な言葉に、尚紀も心なしか安堵した。今、達也が出ていけば柊一と二人きりになってしまう。それはとても心細い。  これまでいろいろあったけど、三人で助け合って生きてきた。  尚紀は、いつも柊一の近くにいてくれる達也を、精神的に頼っていることを自覚していた。 「タツヤ、自由になったのに……。ここにいてくれるの?」  尚紀がそう確認すると、当たり前でしょ、と達也。 「オレには行くところなんてないよ。もうここが家だし、シュウさんとナオキが家族だもん……」  それに体調が悪いシュウさんを残してなんていけないよ、と達也は言った。 「タツヤ……」 「ねえ、オレここにいていい?」  まるで夏木の噛み跡を失ったら、自分の居場所も失ってしまったかのようなタツヤの言葉に、尚紀はたまらない気持ちになる。 「当然でしょ! そんなの確認することでもないのに。ここは、僕の家でもあって達也の家でもあるんだよ。僕たちが帰る家だよ」  尚紀はそう言い切った。  だよね、と達也も頷く。  とりあえず、達也には気をつけてもらって、噛み跡が消えたことを柊一に気づかれないようにすると言った。  尚紀や達也にとって、望んで夏木の番にされたわけではないが、柊一と自分たちを繋いでている大切なものでもあったから。それがなくなった、と知ったら、柊一はなんて思うだろう。 「関係ない、僕たちは夏木の番であるけど、別に絆を育んできた」と言ってほしいけれど、そこまでの自信がどうしても持てなかった。

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