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8章(4)
達也の項から番の噛み跡が消えたと、柊一が知ったのはそれから半月ほどしてから。
達也が尚紀にそう知らせてきた。
尚紀は、精華コスメティクスのプロモーション撮影で多忙を極めており、しばらく横浜のマンションに帰れない日々が続いていた。
達也によると、仕事を終えて部屋から出てきた柊一と、風呂上がりの首筋が無防備な姿で遭遇し、偶然気付かれて、追求されたという。
噛み跡は消えちゃったの? と柊一に悲しげに問われて、達也は頷くしかなかった。
達也は、尚紀同様かなり目立つ形で項を噛まれていたのが仇となった。
柊一は目に見えてがっかりした様子だったそうだ。
達也は柊一にこれからどうしたい? と聞かれたという。
達也はこれまで通りここにいて、ずっと柊一と尚紀と一緒に生きていたいと訴えると、柊一も達也が出ていっちゃうと寂しいから嬉しいと言ってくれたらしい。
達也が「ナオキ〜! バレたけど大丈夫だったよ〜」と安堵の報告をしてくれて、尚紀も安心した。
しかし、それからいくらも経たないうちに、達也と柊一の関係は本人達が望んでいないにも関わらず悪化していった。
決定的な原因なんてものはなくて、これまで二人を繋いでいた絆が一つ消えたことで、互いへの遠慮が生まれたことが原因のように思えた。
これまで遠慮なく意思を確認していたのに、互いへの少しの遠慮が、不理解や誤解、そして不信へと悪化する。一緒に住んでいるだけに、その悪化度合いが深刻だった。
互いの空気は急速に悪くなり、息が詰まるものに。
「シュウさんが何を考えてるのか、わからないよ、ナオキ……」
秋の終わりには、そのように達也が尚紀に連絡することが増えてきた。
達也から話を聞いても、どうアドバイスをしていいのか分からないし、仲介しにくい。
これまで何年も、そうやって達也と柊一の間を繋いできたのに。尚紀にとってもこれまでの感覚と経験が役に立たなかった。
多忙な中、時間を縫って横浜のマンションに帰ってきて、柊一と語らう時間をもっても、そのチグハグさは変わらず。
むしろ柊一もそれを感じているようで、どうすればいいのか戸惑っていた。
そんな状態での二人暮らしは長く続くはずもなくて……。
「達也に発情期が来た!」
季節はすでに冬に移ろっていた。年末に近い。
驚いた柊一から、そのように連絡が来たのは数日前。
夏木の死去後、項に噛み跡があったときは発情期が止まっていたのに、項の跡が消えたとたん、達也に発情期が再開した。
しばらくして、珍しいことに柊一から尚紀のスマホに連絡が入った。
柊一自身が辛い発情期を達也に見せてしまったため、今回の達也の発情期もサポートできるようにと思ったが、基本的なことに気がつき、衝撃を受けて、落ち込んでいる様子。
それは、柊一の発情期とは根本と違うものということ。達也の発情期は、番がいないオメガの発情期だということ。
それを目の当たりにした柊一の心情に変化があったらしい。
「もうさ、達也は僕らの仲間じゃないんだよ……」
達観したような冷たい声で言い切る柊一の言葉に、尚紀は二人の仲を取り持つことさえできない自分の無力さと歯痒さを感じていた。
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