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8章(5)
発情期が明けると間も無くして、達也は体調が悪い柊一と口論になった。尚紀の仲介さえ受け付けず、これまでお互いに少し譲り合うことで解決できたことさえも、意地を張り通してしまい、関係の改善が難しくなっていた。
売り言葉に買い言葉といった傷つけ合う言葉の応酬。達也の言葉に柊一が激怒し、二人の間に修復が難しいほどの亀裂が入った。
「もう達也は僕たちと一緒じゃないんだよ。自由になったんだから、もう勝手に遊べばいいじゃん。僕も尚紀も止めないよ」
おりしも達也の項から夏木の噛み跡が消え、オメガとしての生理現象である発情期が復活したことで、柊一にとって達也への気持ちが変化してしまったようだった。
とことんやりあって、お互いに修復不可能なところまで傷つけ合って、そして達也は尚紀に連絡をしてきた。
家を出る、と。
突然そう言われて、尚紀も恐れていたことが現実となったことを自覚する。
夏木が亡くなってまだ数ヶ月。
あれだけ大丈夫だと、強いと思っていた三人の絆は、案外脆いものだった。
達也は柊一と関係を絶つと決めたものの、心細いのだろう。しきりに尚紀もどうかと誘ってくる。
「ナオキも一緒に出ようよ。もうシュウさんに構うことないって」
達也がそのように言い募る。しかし、尚紀はその誘いに納得できなかった。
「なんで、そんな手のひらを返すようなことを突然言うの? シュウさんを放っておけるわけないじゃん」
だけど、達也は、尚紀にも同様に柊一との関係を断って一緒に新たな世界に飛び込もうと誘ってくる。
尚紀は発情期がないものの、まだ夏木が付けた噛み跡が項に残ったまま。
柊一との絆は繋がったままだ。
達也とは立場が違う、と尚紀は思う。
「僕は……シュウさんを見捨てて行けないよ」
尚紀は譲れなかった。達也はあの手この手で説得してきたが、そんな彼の気持ちが、尚紀には理解できなかった。
なんで、あんなに苦しんでいるシュウさんを放っておけるの?
そう幾度となく達也に問いかける。
達也だって、ずっと一緒に柊一を見守ってきたではないか。どうしてそんなに簡単に見捨てることを選べるのかと、尚紀には不思議でならなかった。
「シュウさんは自分でそれを望んでるんだよ」
「そんなはずないよ。シュウさんだって元気になりたいはず」
「いや、シュウさんは夏木に半分あっちにもってかれているんだ」
達也の言葉に尚紀は衝撃を受けた。
あっちってどこだ。そんな言い方はないだろうと尚紀は激昂した。
「タツヤ、なんてことを」
尚紀は言葉を失う。
「本当のことなんだ、ナオキ」
達也の言葉は尚紀には受け入れ難い。
「もういい。タツヤがそんなことを言うなんて……」
尚紀はショックを受けていた。おもわず言葉が口をついて出る。
「そういうことか。達也にはもう首筋に跡がないしね」
達也には普通に発情期がやってくる。それは生理現象としておそらく健康なことでもある。しかし、尚紀には未だに発情期がやってきていない。それは決して安堵できるものではなくて、いつ夏木に囚われたままの発情期が来るのかと怖くなる。柊一の辛さを見ていると、余計に怖いのだ。
尚紀は自由を得た達也と一緒に行くのではなく、尚紀と同様に夏木に囚われたままの柊一とここに止まることを選ぶ。
尚紀がそう結論をつける。その頃には、達也も冷めた口調でふうんと言った。
「そうなんだ……。ナオキも結局、もうオレを仲間だとは思ってなかったってことなんだ」
達也との連絡は、それ以来途絶えたのだった。
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