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8章(13)

「実は、ちょっと前まで辛くてね……」  柊一が視線を伏せた。そうだろう、あのような発情期を毎回越えるのはしんどいと思う。  番を喪ってなお番を求めて発情するオメガは、「発情期が逢瀬」という感覚を持つと以前聞いた。だけどそれに違和感があったら、辛いという感想になるのだろうと思った。 「だって、シュウさんの発情期は大変そうだもの」 「心配かけてごめんね。だけど、一人ぼっちって辛いんだよ」  違う、と尚紀は思う。一人だから辛いんじゃなくて、番を失ったのに発情期がやってくるから辛いんだと。  それに、柊一には自分がいるではないかと尚紀は思う。  尚紀はそのように口を開きかけるも、柊一が見せる横顔があまりに寂しそうで、躊躇ってしまった。 「毎日、しんどいなあ……」  柊一がポツリとこぼす一言に、尚紀はなんて反応していいか迷う。 「シュウさん……」 「生きるのってラクじゃあないね。僕は早く、真也のところに行きたいなぁ」  そんなことを柊一が言ったのが意外で、尚紀は驚く。本音なのかもわからない。  ただ、柊一を夏木の元にはやりたくなくて……。  いや、本音は、そんな言葉を聞きたくなくて尚紀は激しく反応してしまった。 「夏木は悪いことばかりしてたから、シュウさんが追いかけても、天国で会えるかわからない」  尚紀は、自分の硬い口調に驚き、その直後に少ししまったかなと思った。しかし、柊一がいつも浮かべる苦笑と、真也に対して辛口だね、という 嗜める反応を期待した。尚紀が夏木に対して辛口であるのは、彼の死後も変わらなかったからだ。  しかし、柊一の反応は意外なもので。  尚紀は戸惑った。 「ナオキ……ひどい」 「え」  気がつけば、柊一の目から、涙がぽろぽろと落ちている。  柊一の泣き顔は、夏木の葬儀以来だった。尚紀は焦った。こんなふうに突然泣くなんて。 「ごめん。シュウさん」  そう謝りつつ、ティッシュを彼の目元に寄せる。それを受け取って、柊一は目を伏せた。

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