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8章(15)

 結局、尚紀と柊一の関係性は、一時的に回復しただけで、危ういものには変わりなかった。  柊一の本音を知ってしまい、尚紀も萎縮してしまったからだ。互いに遠慮をしあって、本音を曝け出すこともできず、そして本音を問いただすこともできない。息が詰まるような空気の中、ただ時間が過ぎていく。  今年も柊一の誕生日を祝いそこね、そして秋も終わろうとしていた。  一ヶ月ほどで一気に季節が進んで秋が駆け足で去っていき、ほどなくして冬が来た。目まぐるしい季節の変わり目の中で、柊一は体調を崩してしまい、さらにこれまでの無理やストレスなどが祟ったのか、生活の中心が仕事から療養に移行しつつあった。  一日仕事をすると体力を消耗するようで、その翌日は休養を取るようになり、その休養が少しずつ増えていた。  さらに、十二月に入り冷たい冬がやってくると、間が悪いことにそのまま発情期に突入してしまった。  十二月の師走の時期。以前は暖かかった横浜のマンションの部屋が、しんと冷たくなる季節。  気がつけば、達也が部屋を出て行って一年近くになろうとしていた。 「ふ……ぅん。あっ……あぁ」   切ない喘ぎ声が柊一の部屋から聞こえてくる。  尚紀にとってはメンタルにくるしんどい一時だが、柊一にとっては亡き番との逢瀬の時間……。 「……せめて僕も一緒に連れて行けよ!」  尚紀の脳裏に、あの山下公園で柊一から見せられたあの涙が蘇る。  あのように言われてしまっては、尚紀は病院に行って診てもらおうと、柊一を説得することができなくなってしまった。  あの柊一の、番への深い想い。  あの時間が、柊一にとっては至福なのだ。  尚紀は柊一の真意を理解したいと思うのだが、やはりどうしても心配が先に立つ。  今日は、これから仕事だ。これ以上、あの柊一を見ずに済むと思う一方、彼をこの部屋に一人にしておくことは少し不安だ。  今日は仕事でいないということを柊一に伝えられていない。スマホにメッセージも入れたけど、おそらく見ていないだろうし、見ていたとしてもあの様子では記憶にも残っていなさそう。  どうしようかと尚紀は考え、あとで庄司に様子を見てもらおうと思いついた。彼女はベータだから、大丈夫だろうと思い、尚紀は部屋を出た。  今日の仕事は撮影ではない。これまであまり経験がない、公衆の面前に立つ仕事だ。  というのも、今日から精華コスメティクスの「シオン」シリーズの新たなプロモーションがスタートするためで、記者会見に登壇するのだ。  自分はショーモデルにはなれなかったから、人前は慣れないし、喋れないと固辞したのだが、同席してくれるだけで良いと言われ、さらに、庄司からも「おそらくこれからはショーモデルの仕事も舞い込むことになる。いい経験になるから」と勧められてしまったのだ……。 「カメラの前でポージングできるんだから、大丈夫よ。喋れるわ」  そんな適当に大丈夫と言われても……と尚紀は困惑したが、結果として大丈夫だった。  答えに詰まるような質問をされなかったというだけで、記者会見の参列者が手加減をしてくれたのだろうと尚紀は思った。モデルなど興味がなかったのだろう。それよりも、このシオンシリーズの快進撃の方がマスコミの興味を誘っているようで、精華コスメティクスの担当者に質問が集中して、記者会見は終わった。  会場から退出してお役御免となり、ホッとした尚紀に、庄司から連絡が入ったのはしばらくしてから。  スマホの向うから聞こえるのは庄司の困惑した声。 「柊一さん、部屋にいないのだけど……」  尚紀が驚く。 「そんなはず……。だって、昨日からずっと発情期ですよ」

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