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8章(16)
庄司によると、部屋の中は誰もいないとのこと。この辺りを少し探してみると、言われ通話を終了した。
発情期のまま、もっとも安全な場所である自宅を出たとなると深刻だ。
心配はそれだけではない。尚紀が近くの時計を確認すると、午後七時。もう暗い。まだ真冬ではないものの、気温もぐっと下がって、外は冷えている。
早く見つけないと。
尚紀は居ても立っても居らず、すぐさま着替えて、これで失礼すると関係者に挨拶した。
「これから食事会に参加するって言ったじゃない」
プランナーからそのように責められたが、同居人が急病なのだと説明すると解放してくれた。
「そっかぁ。残念だ。じゃあ、次回は絶対参加してね。同居人さん、お大事に」
日比谷から有楽町出て、そのままJR東海道線に乗り込む。ここからマンションまでは一時間弱。
ベストはこの移動時間に庄司から、見つかったという連絡が入ることだ。尚紀はスマホを握って、そんな連絡を待ちながら電車に揺られる。
しかし、なかなか連絡はこない。一体、柊一はどこに行ってしまったのだろう。防寒せずに外に出たのならば、相当に寒いだろうに……。
電車が横浜駅のホームに滑り込むと同時に、待望のスマホが震えた。
来た! と尚紀は安堵感に包まれてとっさに画面の通話をタップする。
「はい! 見つかりました?」
そう食い気味に問いかけるが、相手は無言だった。
ホームに出て、尚紀は庄司の反応を待つ。
背後からは、車内から吐き出された人々が尚紀を追い越していく。
ワンテンポ置いて、尚紀? と確認する声。
それはとても懐かしいもので。
尚紀は思わず立ち止まる。
「え、信さん?」
尚紀が庄司からの見つかったという報告を今か今かと待ち侘びている中、信から連絡が入った。かつて尚紀が右も左も分からないなか放り込まれたモデルのレッスンプログラムで一緒だったモデル仲間も一人。
世界に通用するショーモデルになるという目標を持つ彼は、国内で着実にメンズモデルとしての実績を積み、海外のエージェントを探し向こうに拠点を作ろうとするところまで行っていると聞いていた。
「久しぶり」
あれから一年以上が経過し、久しぶりにくれた連絡。彼がキャリアを重ね、どんなに有名になっても、尚紀のことを忘れないでいてくれるのがとても嬉しい。
しかし。庄司からの連絡ではなくて気落ちしたのも確かで。
「……ごめんなさい。電話を待っていて」
思わず食い気味に見つかったか、と聞いてしまったのだ。
「いや、びっくりしたけど大丈夫」
信が連絡してくるのは一年以上ぶりだ。なにかあったのだろうかと尚紀は思ったが、先に口を開いたのは信。
「見つかったのか、って言ってたよな。なにか探しているのか?」
信の疑問はもっともだ。
「………」
「尚紀?」
「あの、実は同居人がいなくなってしまって……」
「いなくなった?」
尚紀が手短に説明する。尚紀が仕事で家を空けている中、おそらく発情期のまま部屋を出て行ってしまったこと。
その一言に信も驚く。
「発情期なのに、外に出ていってしまったの!」
それは心配だな、と続く。
「見つかったという連絡もないので、これから僕も探しに出ようと……」
尚紀の一言に信も頷いた。
「そうだな、その方がいいね」
そして、差し込まれた意外な一言。
「おれも手伝おう」
「え?」
すると信は驚くような一言を言った。
「実は尚紀に会いたくて横浜に来てるんだ。今横浜駅にいる」
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