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8章(20)

 それから信と二人で手分けをして、自宅から最寄り駅までの公園やコンビニなど、この時間まで入れる場所を中心に探した。  発情期に外に出てしまって、まさか自分のような目には遭っていないかと心配になる。項に噛み跡が残っているから最悪なことにはならないだろうが、香りに煽られたアルファに襲われるという危険性はゼロではない。  柊一が姿を消したと連絡をもらって、早五時間近くが経過している。  一刻も早く見つけ出したい。  だけど、そろそろ信のタイムリミットが迫ってきている。  彼は明日の早朝の便に乗るとのことで終電で東京に戻らねばならない。  終電は日付が変わる時間。  その時刻が迫っていた。    信は諦めがたい様子だったし、尚紀も無念だったのだが、ひとまず引き上げることを決断する。 「そろそろ終電だね」  ふたりで手分けをして、マンションからかなり離れたところまで捜索範囲を広げてみたが、柊一の行方はようとして知れなかった。   どこかで自分が見逃してしまったのか、と不安に思うが、そうであればきっと柊一の方が気がついてくれるはず。  信は、一人残す尚紀を心配そうに見やる。 「大丈夫か?」  尚紀は笑みを浮かべた。すこし曖昧なものになったかもしれない。  尚紀は、数時間共に探してくれた信に強がることができなかった。不安なものは不安だ。でも、今の状況とは別に、信の門出も祝いたい。 「信さん、次はいつ帰ってくる? 帰ってきたら、ご飯でも行きましょう」  今日のお礼と、遅くなってしまうけどお祝いをさせてください、と尚紀は言った。  信も優しい笑顔を見せる。 「おう。次の帰国は分からないけど、帰ってくるときは、もっと経験を積んで、名前を売ってトップモデルになった時だ」  うまい寿司でも奢って、と信はにっこり笑った。その笑顔に、尚紀はたまらず信に抱きついた。 「尚紀……」 「信さん。ありがとう。僕を気にかけてくれて」  あえて明るくそう言ってくれることに、彼の気遣いを感じる。  信は尚紀を抱き寄せる。 「ごめんな。見つけるところまで手伝いたかった」  背中をぽんぽんと慰められる。尚紀は首を横に振った。 「ううん、大丈夫。次はシュウさんも紹介します」  そう明るく言う。 「早く見つかるといいな」 「きっと大丈夫。僕のところに連絡が来ていないだけなのかもしれないし。さすがに、どこかで保護されているのかも……」  そう強がって、尚紀は信を送り出した。    信は改札を通っても、構内から何度も何度も尚紀を振り返る。  尚紀は、そんな信に笑顔で手を振り続けた。  見えなくなるまで、笑顔で手を振り続けた。  柊一は一体どこに行ったのだろう、と改めて思い、ふと気づく。  家に帰ってきていることはないだろうか。  庄司も探しに出ていて、マンションはずっと留守にしているのだから、戻っている可能性もある。  一度、帰ってみようかと尚紀は思った。  すると、パンツのポケットに入れていたスマホが震えていることに気がつく。  シュウさんか、と思い取り出すと、発信元は庄司。  どこか、嫌な予感がした。  その予感は的中し、庄司からの知らせは、柊一が交通事故に遭い、病院に運び込まれているらしく、至急病院に行けという指示だった。

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