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8章(22)

 これは夢だろうか。  どこかふわふわしているし、現実味がないから、できれば夢だと思いたい。  だけど、さっきまで信と寒空のなか、柊一を探した数時間はまぎれもなく現実だったはず。  夢と現実の区別がつかなくなるほどに、頭がふわふわしていて、尚紀は頭を抱える。  ドクドクドクと高鳴る心臓の音。この季節にじっとりと身体は汗ばんでいる。  呼吸を整えたい。  落ち着け。  両手の平を目の前にかざしてみて、ぼんやりとここは夢じゃないと思う。  認めたくはないけれど、これは現実なのだ。  尚紀は大きく深呼吸を繰り返した。  両手で顔を覆って、目を閉じる。  生唾をごくんと飲み下し、深く息を吸っては静かに吐く。  冷静に考えるためには、まずは気持ちを落ち着かせないと、と思った。  だけど、どうしても現実を受け入れたくなくて、夢ではないかという思考に逃げたくなる。何度深呼吸を繰り返しても、どこか頭はふわふわしている。    柊一は亡くなった。  自分が目を離した隙のことだった。  これは事実だ。  正直、こんなことになるのであれば、仕事になんて行かなければよかった。ずっと柊一に付き添っていたのに。  気が付くと、自分の中が溢れ返るほどに後悔でいっぱいになっていた。現実味はないのに後悔ばかりが押し寄せる。  浅薄な思考だったと、判断であったと、いくら自分を責めても彼が戻ってくることはないのに、ふわふわした思考は取り止めもなく考えてしまう。   「ナオキ……」  その場所でどのくらい、そんな思考に浸っていたのか、尚紀には分からなかったが、気が付けば目の前に庄司がいてくれて、心配そうな表情を浮かべている。 「大丈夫?」  よほど自分は酷い顔をしているのだろうか。尚紀は繕って、大丈夫です、と答えた。 「ただ……ちょっと本当にいろいろありすぎて」  後悔ばかりが押し寄せて、柊一のことを思うこともできないから、少し疲れているのかも。  庄司は横に座り、項垂れる尚紀の丸くなった背中をゆっくりさすってくれた。その温もりが優しくて、心に沁み入る。こんな自分を心配してくれる手に、癒される。  これから柊一を家に連れて帰らねばならないのに、現実に向き合わねばならないのに。  そんな気持ちが挫けてしまいそうなほどに、寄り添ってくれる、優しい手であった。  柊一の遺体は、その日に引き取ることはできなかった。交通死亡事故であるので、司法解剖が必要とのこと。  柊一が事故に遭った現場は、尚紀が信と共に探し回った場所のすぐ近くで、片側一車線で見通しは良いが夜は人通りが少ない道路。  もしかしたらすれ違いになっていたのかも。もっと自分が注意深く探していたら結果は違ったのかもしれないと後悔は尽きない。すべて後の祭りなのであるが。  事故を起こしたドライバーは、発生直後に救急車と警察を呼ぶという迅速な対応を取ったらしい。柊一が救急車で搬送された後、現場検証と事情聴取を受けたらしい。  後から知ったことだが、そのドライバーの証言によると、歩行者道路をふらふら歩いていた被害者が、とつぜん車道に飛び出したとのこと。  ドライブレコーダーにもそのような様子が記録されていたらしい。  それがあまりに衝動的な行動であって、避けることも叶わなかったという趣旨の話をしていたという。  それらの状況把握を含め、尚紀は全てマネージャーの庄司に託さざるを得なかった。  柊一の死がショックだったというのはある。呆然としていて、何をするにもふわふわとしていて。  それがまさか、発情期の前兆であるとはおもわなかった。  柊一が亡くなった翌日、尚紀に約一年半ぶりの発情期がやってきたのだった。

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