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9章「僕には忘れられないホワイトクリスマスになりました」(1)

 その日の空模様は、厚い雲に覆われていて曇り空。午後からぐっと気温が下がり、雪の予報だった。  もしかしたら、ホワイトクリスマスになるかもしれないねと、街は空を見上げてそう話す人たちで賑わっている。  だけど、どんよりとした雲は空に低く垂れこめていて、それは尚紀の今の気分と体調に近い。  発情期が明けてから二週間が経ち、ようやく普通に生活ができるまでに体調も回復し、気が付けばクリスマスイブ。  しっかり着こんだコート姿だが、庄司が運転する車から出ると、少し寒さを感じる。港はやはり海風が身に染みる。    クリスマスイブの華やかな雰囲気の横浜港大さん橋国際旅客ターミナルのロビー。エントランスホール?には大きなクリスマスツリーが飾られ、陽気な音楽が流れている。接岸しているクルーズ船の出航が間近なのだろうか、大きなトランクを手にした人たちが楽しげな様子で行き交っており、少し浮き足立った雰囲気。  しかし、その一角に落ち着いた装いでひっそりと時間を待つ数人の集団があった。尚紀とマネージャーの庄司はその中におり、尚紀は黒いスーツ、庄司もブラックカラーのワンピースを身に着けていた。   「お時間になりました。皆様お集りのようですので参りましょう。どうぞ」  きっちりとしたブラックフォーマル姿の係員が姿を見せ、待っていた数人に話しかける。尚紀と庄司も頷いて係員に従った。  一行は、案内されるまま接岸されたクルーズ船に乗り込む。ターミナルの反対側に停泊しているような豪華客船ではなく、定員数十人の小さいものだ。あっさり乗船が終わり、汽笛が鳴って出航。  目的のポイントは、この大桟橋のターミナルからかなり向こう。レインボーブリッジの向こう側だと聞いている。  大さん橋から離れると、船窓から横浜の街並みを見渡すことができる。イルミネーションが映えるハイシーズン、ひときわ華やかな雰囲気なのが赤レンガ倉庫だ。  大きな広場にはクリスマスツリーが飾られているようで、多くの人が行き交い、賑わっている様子が見てとれる。  まるで別世界を見ているようだった。  視線を船内に戻す。目の前の献花台に留まった。そこには、ゆったり優しく笑う柊一の笑顔の遺影があった。カーネーションや菊、ユリといった華やかな花に囲まれて、少し嬉しそう。  そう、いつも楽しそうにしていた柊一だが、達也と尚紀の前では年上の余裕からか、優しく見守るように微笑んでいることも多かった。  今ではもう欠片も残っていないけど、懐かしく楽しい記憶。  埋葬方法について、柊一の希望を聞く術はもうない。尚紀は、彼のお骨を海に還す決断を下し、この船に乗り込んでいた。

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