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9章(2)
日にちが経つのは早く、柊一が亡くなってから三週間が経過していた。
彼が亡くなり、尚紀に一年半ぶりの発情症状が現れた。
発情期の一週間は尚紀にとってとても辛いもので、これがもしかしてこれから定期的に訪れる発情期になるのかと思うと戦慄しかなかった。
かつて自分が柊一に勧めたように、医療の世話になる……大きな病院にあるという「アルファ・オメガ科」という診療科にかかることも考えた。しかし、いざとなるとどの病院に行けばよいのか、そのまま行けば診てくれるのか、そもそも自分の状況は専門のドクターに診てもらうほどのものなのか、ためらう要素が多くて、結局見送ってしまった。
あんなに柊一に勧めたにも関わらず、いざとなると怖気づいてしまって情けないにもほどがある。
しかし、一週間ほど自宅に閉じこもっているうちに、尚紀は否応なしに柊一の死を実感した。
夏木のいない発情期は、彼の置き土産のように感じていたが、柊一の死去でそれが尚紀に回ってきたように思えて仕方がなかったのだ。
柊一の死去後のあれこれといった手続きは、本来尚紀が行うはずだったのだが、直後に発情期になってしまったので、マネージャーの庄司が代理で行ってくれた。司法解剖を終えた柊一の遺体も引き受け、葬儀会社との話もすべてつけてくれていた。
尚紀が発情期から明けてみると、柊一はすでにお骨になっていた。
火葬の日程をずらすことができなかったとのこと。最後の姿を見ることは叶わなかったことに少し落ち込んだが、尚紀の代理を務めてくれた彼女には感謝しかない。本来は自分がすべて処理するべきところを、マネージャーの仕事の範囲ではないところまでさせてしまった。
「尚紀、いいのよ。あなた、大変だったのだから」
庄司はそんなふうに言ってくれたが、彼女の労力は相当なものであったと思う。
尚紀が発情期の間、庄司は柊一の身元を調べてくれていた。その死去を知らせるべき家族がいるのであれば、知らせねばならないからだ。
だけど、結果としてはいまいちよく分からなかったという。
死亡届を提出した際に調べてもらい、判明したのは彼の本籍地が北海道の北見市であったということ。ただ、その本籍地にはすでに人は住んでおらず、戸籍をたどると、どうも天涯孤独であったということ。
それくらいであった。
回復した尚紀も、柊一が仕事を請け負っていたいくつかの出版社に連絡を取ってみたが、仕事上の付き合いだけで、詳細はわからないとのこと。
そのうち最も付き合いの長い出版社とは、約十五年前から翻訳の仕事を在宅で請け負っていた、ということくらいしか分からなかった。
一緒に住んでいた期間も長かったのに、彼の過去をあまり知らなかったのだ。
埋葬はどうしようかと、庄司から相談された。
一番最初に思いついたのは、やはり柊一は夏木と同じお墓に入りたいのではないかということ。彼に辛い思いをさせていたから、と尚紀はかつての夏木の部下に連絡を取り、本宅の妻にかけあってみたものの、けんもほろろの対応をされた。
また、柊一の死去を達也に伝えたいと連絡を試みた。いろいろ相談もしたかった。しかし、すでにメッセージアプリのIDは変更されて、電話も繋がらない。伝える手段は断たれていた。
では柊一のために建墓するか。
そこまで考えたが、庄司に止められた。それは現実的ではないというのだ。その墓をいつまで守れるのだと言われると、尚紀も確実なことは言えない。
どうしようかと迷っていると、庄司が海洋散骨はどうかと提案してくれた。横浜港は散骨が可能らしいのだ。墓を作らないという決断に躊躇いがなかったわけではないが、夏木と歩いた横浜の街を楽しそうに眺めていた柊一のことだ、この街を一望できる場所に弔うのは、故人の意思を尊重することに近いのではと尚紀が同意すると、話はとんとんと進んだのだった。
柊一を海に還す日はクリスマス。
数組の遺族と共に、尚紀と庄司はこのクルーザーに乗り込んだのだった。
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