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9章(3)
ベイブリッジの向こう側の散骨ポイントに到達すると、クルーザーのエンジンが止められた。ゆらゆらと波に揺られる船窓を眺める。
しばらくして尚紀と庄司が案内された。船内ではスタッフによって一組ずつクルーザーの後方に案内されて散骨が行われた。
乗り合わせた数組の参加者は互いに面識はないが、皆大切な人を亡くしていることは同じで、互いの故人の冥福を祈る厳かな雰囲気が漂っている。
クルーザーのデッキに出ると、ひやりと冷たい風が身体を駆け抜ける。目の前には圧倒的な高さを大きさを見せつけるベイブリッジが聳え、そしてその奥は灰色に曇っていて、どこか不安げな空模様。
身体は冷えるが、そんなことはあまり気にならなかった。
まずは係員が献花と説明し、尚紀と庄司に一掴みの色とりどりの花びらを渡してくれた。
こちらを海面に撒いて、花畑に見立てるのだという。ゆらゆらと波に流れる可憐な花びらを尚紀は見つめる。
そして次に渡されたのは、遺骨が入った袋。
封を切り、尚紀はさらさらと細かく砕かれたお骨を海面に注いだ。
これは、柊一なのだと、否応なく実感が込み上げてくる。
つい三週間前までは、元気でいたのに。その身体は暖かかったのに……。
こんな白いお骨になってしまうなんて……。
その姿を見て、視界が潤み歪んで、つんと辛いものが鼻に込み上げる。
柊一の白いお骨は、さらさらと深くて青い海の奥底に飲まれていった。
思わず口から漏れる。
「シュウさん……」
後悔している。本当に自分にはこれしか出来なかったのかと思いつつ、今日まで来てしまった。
柊一へは申し訳ない気持ちと、後悔ばかりが残っている。
あと少し早く柊一を見つけられていれば。
もしあの日、仕事を休んで、柊一と一緒にいればこんなことにはならなかったのではないか……。
でも、結果から見た事実のような気がして、尚紀には最善だったであろう正解が見つからない。
最後に渡された花束をそっと海面に流した。
ガーベラや百合、カスミソウ……、華やかな色使いの花束が波間に揺れている。
少しでもこの鮮やかな色合いが、優しい香りが、自分の供養の気持ちが、 柊一に届きますように……。
許して欲しいなんて言えないけど……。これからは安らかに過ごしてほしいと思うのは本心だから。
尚紀が手を合わせ黙とうする。
と、同時に小さな鐘が鳴らされた。
すると、合わせる手に冷たいものがひらりと触れて、目を開いた。
それは、ふわりと落ちて、じわりと解けた。
空を仰ぐ。
灰色の空から、ゆらゆらと舞い落ちてくる、白いもの。
「雪だ…」
わーお! ナオキ! 雪だよ! なんかいいことありそうだね!
不意に柊一の声が尚紀の脳裏に蘇る。
耳元で囁かれているような、優しいいつもの声で。尚紀の目に、涙が溢れた。
どうしてこんなに近くで、柊一の声が聞こえてしまうのか。
柊一に、自分の気持ちが少し届いたのだろうかととっさに思った。
そう思いたかったのだと、少し都合の良い解釈であるとわかっていたけど、それでも。
明日に目を向けるために、尚紀は許されたかった。
シュウさん、また会いに来るね。
尚紀はそう誓って、ふわふわと羽根のような雪が舞い落ちるベイブリッジを見上げたのだった。
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