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10章「神様は本当に意地悪だ……」(1)

「そんなふうに決めつけてないで、もっとフラットに考えて」  野上にそんなアドバイスをもらったが、フラットに考えても現実的には難しいということが、尚紀にはわかっていた。 「改めてご連絡する」  そう言ってしまった手前、尚紀は廉に連絡を入れなければならないが、いわば結論を先送りにしてしまったことを後悔していた。  あの時「あなたの番になれない」と言ってしまったらそれで済んだのに。驚きすぎたこともあり、そして優しい言葉をかけられて、未練と迷いが出て、その一言が口から出てこなかった。  どうしても、断ったり拒絶したりという言葉が言えなかった。  考えすぎて迷いすぎて、もういっそのこと廉が忘れていてくれないかなという無責任な願望と、時間が経ってしまったから、連絡してみても相手は忘れているかもしれないという、躊躇う気持ちがない混ぜになって、次にやるべき行動に躊躇いが出る。  本当は、勢いが大事だった。だけど、それができなかった。  そうこうしているうちに年の瀬も迫り、尚紀の頭の中は廉に連絡を取らねばならないという、義務感で占められた。  もう逃げることはできない。今年の憂いは今年のうちに片付けねばならないという気持ちに押されて、尚紀は大晦日になってようやく廉に電話をかけた。  非通知発信でかけたのだが、廉はツーコールで応対し、相手が尚紀であることはわかっていたように、こちらが名乗る前に「待っていたよ、連絡ありがとう」と言った。  もしかして、ずっと待っていてくれたのだろうかと尚紀は思う。迷っていた時間だったが、申し訳ない気分になった。 「……ご連絡が遅くなり、申し訳ありませんでした……」  そう謝罪するのが精一杯だった。 「いや、こちらが勝手に押しかけて、大騒ぎをしたのだから、呆れられてしまったのかと思って心配した」  廉の対応は落ち着いていたが、まさかそんなふうに心配していたとは思わず、尚紀はそんなことないです! と咄嗟に言ってしまった。 「久しぶりに僕もお会いできて嬉しかったですし……」  ああ、余計な一言だった、と言ってから気がつく。 「野上社長からも責められなかった?」  相手からは見えないのに、尚紀はスマホを耳に当てつつブンブンと首を横に振る。 「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」  そんなふうに心配してくれるのが嬉しくて、尚紀は浅ましくも、あともう少しだけ、と思ってしまう。  そう、今日はこの人に、すでに番がいることを告げねばならない。番だと言われても困るのだと。繋がることはできないのだ、と。  そうすれば、きっと諦めてくれるだろうから。  自分にはすでに番がいるのに、なぜ廉を「自分の番」と認識してしまったのか、尚紀にはよくわからないけど、それでも、難しいことは難しいのだ。 「あの……先日はお会いできて嬉しかったです」  それは本音だった。  尚紀にとって初恋の人との邂逅は、嬉しいものだった。少し懐かしい思い出にも浸ることができて、元々の自分の居場所を思い出すことができた。この人が自分のことを少しでも気遣ってくれるのを感じて、幸せな気分に包まれた。  それで十分だった。これでしばらくは独りでも生きていけるくらい十分な時間だった。 「俺もようやく実物のナオキに会えて嬉しかった」  そんなふうに言ってくれると嬉しい。 「江上先輩は……どこかで僕をご覧になられたんですか」  話をしている時間を延ばしたくて、尚紀はつい聞いてしまう。実物の、ということは、どこかで実物ではない尚紀を見たということなのだろう。 「今大々的にやっているヘアケア製品の広告を見たよ」  そうか、この人は精華コスメティクスのシオンシリーズの広告を見てくれたのかと合点する。  どんな接点で人との繋がりができるかなんて、本当にわからないものだなと思った。

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