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10章(2)

「あの広告、見てくださったんですね。ありがとうございます」 「とてもいい顔をしていた。目の光が印象的で、俺は胸を掴まれたような気分になったよ」  廉に率直に絶賛され、尚紀は嬉しくなる。  デビュー前から社長の野上に目がいいと言われていた。  ここ数年はさらにそれに磨きがかかったようで、オーディションだけではなくご指名で仕事がやってくることも多くなった。 「まさか学生時代の後輩がモデルをしているとは思いもよらなかった」  そうかもしれないと尚紀も思った。  元々、尚紀や廉が通っていた学校は、かなりレベルが高い私立の男子校で、アルファの割合が多いような進学校だ。中等部の入試ではまだ第二の性は明確になってはいないが、大多数のベータやオメガの学生であれば、入試の段階で振るい落とされるようなレベルだ。 「多分、あの学校ではオメガも少なかったと思いますし」  すると、僅かの間会話が途切れた。 「……どうして、俺はあの時に尚紀を見つけることができなかったんだろうと、痛切に後悔しているよ」  尚紀は何も言えなかった。廉の責任ではない。あの頃の自分だってオメガとしての自覚がなさすぎた。無知でしかなかった。だから安易に夏木の番とされたのだ。 「あの、そのことなのですけど。  ……僕はあなたの番にはなれません。本当に申し訳ありません」  この優しい人を傷つけてしまうと尚紀は心が痛んだ。だけど、仕方がない。番になれないものはなれないのだ。  しかし、それまで無言だった廉は、そうかと、一言受け止めてから、こう言った。 「それは困ったね」  なぜかあまり困ったような感じではない口調だった。苦笑していた感じ。 「俺はもう尚紀を生涯の番だと認識してしまっているんだ。なんで番になれないのか理由を教えてくれる?」  そう優しい人は言った。 「僕にはすでに番いがいますから……」 「亡くなったと聞いたよ」  意外にも廉は尚紀に番がいることはもちろん、その番が死去していることも承知していた。番がいることは、項を隠せないので公言しているが、その番を失ったことについては、公表はしていない。そもそもプライベートをあまり公にはしていなかったので、話す必要もなかった。このような情報は時に弱みに繋がる懸念がある。  なのに、なぜ知っているのだろう。 「番と死別していること……社長から聞いたんですか」  そう問いかけると、廉は首を横に振った。 「いや違う。あの人は尚紀の情報を一切教えてくれなかった。手強い人だね。君に会いに行く前に少し調べて知ったんだ。  ……本当に、辛い思いをしたね」  そう廉は尚紀に寄り添ってくれた。  尚紀にとって夏木はさほどに思い入れのある番ではなかった。だけど、この人は番を失ったことを、こうして悲しんでくれるのだと思った。 「いえ……。あの、僕の番は確かに亡くなったのですが、それでも僕にはまだ項に跡が残ったままで。だから……」  そう言い募るものの、だから番にはなれないと言わねばならないのに、言葉がどうしても出てこない。 「そうなのか、そんなことに……。体調は大丈夫?」  そう咄嗟に気遣ってくれるこの人の優しさに胸が痛い。こんなふうに夏木に囚われたままでなければ、もっと番だとはっきり言えたかもしれない。僕もあなたに惹かれていますと。

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