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10章(3)

 しかし、尚紀の口から漏れたのは別の言葉。 「…… ありがとうございます。多分、僕はまだ恵まれている方なのだと思います」  世の中には、番を亡くしもっと辛い目に遭っている人も多いだろうし、自分は廉に心配してもらえただけでこんなに幸せな気分になった。 「そんな強がるものではないよ。辛いことを人と比べることなんてしなくていい。辛い時は辛いんだから」    本当に、この人はどこまでも優しい……。 「ありがとうございます。本当に江上先輩はお優しいですね」 「俺は優しくはないよ」 「そんなことないです」 「ならば、そんな俺の優しさに免じて、一度会ってくれないかな」  尚紀は思わず言葉を飲み込んだ。スマホの向こう側から、廉がくすくす笑った。 「ね、俺は優しくはないよ。君の辛い状況に付け入るつもりだからね」 「そんなこと……」 「じゃあ、年明けすぐはどうだろう」  強引に話を進められる。 「十年以上ぶりだ。ゆっくり話したいし、何よりもう一度会いたい」  そんな情熱的な言葉に触れて、尚紀は動揺した。 「そんな……。だって僕にはもう番は居て……」 「死別しているんだろう?」 「……項に跡も残ったままなんです」  尚紀は再度告げる。しかし、廉からは思わぬ反応。 「それがどうした? 関係ないだろ」  そう一蹴されて、何も言い返せない。 「俺は、尚紀と一度会って、いろいろ話したいだけだよ。  そうだな、もし尚紀が俺の顔をもう二度と見たいくないくらい大嫌いだというのであれば……、ショックだけど、これ以上嫌われたくないし、大人しく引き下がることにする」 「そんな……」  尚紀は言葉を失う。天井を仰いだ。  スマホの向こう側からは少し安堵したような温かい声。 「そこまで嫌われてなさそうで良かったよ。とって食べるわけじゃない。ちょっと散歩に付き合うくらいの気軽さで会ってくれると嬉しいな」  この人とは再会した時に、空気で惹かれてしまっているのだ。  こんなふうに熱心に誘われたにもかかわらず拒絶するなんて、端から難しいことだったのかもしれないと尚紀は悟った。 「……ならば、一度だけ……」  もう、きっちり、残った項の跡を見せなければ、納得してもらえないのかもしれないと尚紀は思った。 「わかった。尚紀はどこに行きたい? 水族館? それとも美術館? 映画もいいね。ご飯でもいいよ」  一転して廉の口調が華やいだ。

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