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10章(4)

 そのあと少し話をした。  会う約束を交わした廉は終始嬉しそうで、どこに行こうかといろいろ提案してくれた。  廉は一月五日に仕事始めだそうなので、三が日が過ぎた四日に会おうと約束を交わした。  忙しいであろう新年に、しかも翌日から仕事というタイミングに時間を作ってくれるという。彼にとって自分を最優先にしてくれたことが嬉しい一方で恐縮した。別に年明け落ち着いてからでも……と呟いた尚紀に、廉は言葉を被せる。 「いや。早めに会っておきたい。俺の本音を言うなら、これからでもいいくらいだ」  聞こえてくる真剣な言葉。本気なのだろう。だけど、こんな年の瀬の忙しい時期に時間を作ってもらうのは申し訳ない。それができるのはこの人の特別な存在だけのように思う。尚紀は三が日はご家族と過ごしてくださいと、努めて明るい口調で断ると、廉はため息を吐いて、分かった、今年は自重しようと呟いた。 「でも、君と年越しをしたいという本音を忘れないでほしい」  ぞわりとくる声でそう囁かれた。    来年早々に、またあの人に会える……それは嬉しくない訳ではないのだ。むしろ、自分は浮かれているとさえ尚紀は思う。あんなふうに、廉に情熱的に誘ってもらえるなんて、思いもよらなかった。  通話を切って、尚紀は温かく幸せな気持ちに包まれていた。  これまで、オメガであってよかったと思えたことはあまりない人生だった。オメガであるがゆえに、柊一や達也と出会えたが、それは夏木の番に無理矢理されたから。モデルという仕事と出会えたこともまた然り。  しかし、廉と再会して、あまつさえ彼からこのような情熱的な誘いを受けるというのは、まぎれもなく自分がオメガであったため。  少しだけ現実を忘れて甘い夢の中でうっとりしたい。そのくらいの夢を見ても許されるだろうと思った。    廉にあのような形で断ったにも関わらず、尚紀の年末年始は寂しいものだった。  大切な人と新年の挨拶を交わせない年越しを生まれて初めて経験し、寂しい気分を味わった。  それまでは家族と粛々と、そして夏木の番になってからは柊一と達也の三人で楽しく年越しをしたものだったが、今年はとうとう一緒に過ごす人がいなくなってしまったからだ。  心配してくれた社長の野上が、自宅におせちを食べに来ないかと誘ってくれたが、廉との件をさらに追求されそうだったので丁重に辞退した。    一人自宅のリビングのソファで、毛布にくるまって過ごす年越し。  あてもなく特番を眺める虚しさは、これまで感じたことがないくらい寂しかった。特番は賑やかだから尚更だ。新しい年が来たことを一緒に祝う人がいないことが胸に込み上げてきて、涙も出てきた。  去年は、すでに達也がマンションを出てしまっていて少し寂しさを感じていたが、それでも柊一と新年の挨拶をして、簡単なおせちとお雑煮を食べた。一昨年は、まだ達也もいて柊一も元気だったから、奮発して大晦日にすき焼きを振るまった。お酒が大好きだった達也は酔っ払って寝てしまい、新年の挨拶も初日の出も見られなくて、来年はお酒を控えて、と嗜めた記憶がある。そう、あの時は、同じような年末年始がまた翌年も来るものだと思っていた。  作ろうと思えば、おせちもお雑煮も作ることはできたが、自分のためだけに作ろうとは思わなかった。  だけど、この三日間を過ごせば、廉と会えるというのは、尚紀にとってこの上ない楽しみになっていた。  当初は廉と会うことは尚紀にとって憂鬱なことを言わねばならない憂鬱な事案だったが、一人の寂しい年越しを経験して、彼と会うことがだんだんと楽しみになってきたのだ。  あと三日、二日と指折り数えつつ、人恋しさをおさえていたのだが、前日になって尚紀は約束をキャンセルすることになった。  再び発情期の症状が出てきたためだった。  廉に会いたい、そんな気持ちが、もうこの世にはいない夏木に届いてしまったのだろうか。  廉にはキャンセルを謝る電話もできなくて、メッセージアプリに、ただ「風邪を引いたので」と言い訳と謝罪のメッセージを入れた。  そして、尚紀はそのままスマホの電源を切るしかなかった。

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