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10章(6)

 高層エレベーターが高層階に到着した。  ドアが開くと同乗していた客がフロアに流れていく。人は多かったが、展望室に入って目の前の大きな窓の先に広がる大パノラマを目にすると、尚紀は歓声を漏らした。 「……わぁ」  吸い寄せられるように窓に近づく。  眼下に広がる、東京の街並みに視線が釘付けになる。ビルとしては五十階以上だが、地上何百メートルの高さなのだろうか。  天気が良いせいか、隅々まで見渡せるような感じさえする。ガラスに可能な限り近づき、尚紀は街並みを覗き込んだ。 「すごいです!」  口から洩れるのは、興奮の一言。 「まさかそこまで喜んでくれるとは思わなかったな」  廉は苦笑気味。  尚紀は廉を振り返り、自分が年甲斐もなくはしゃいでしまっていることに気が付いた。 「あ、すみません……」  少し恥ずかしくなり、窓から離れて少し距離を置くと、廉が尚紀の背中を押すように手を添えて、優しく微笑んだ。 「尚紀、あれを見て」  簾が目の前に指をさし、尚紀を促す。  その先に見えるのは……。 「わ、富士山ですね」  なだらかな裾野が広がる、高くて白い山が望める。天気が良いため雲もかかっておらず、青空とのコントラストが美しい。 「雪で真っ白」 「冬だしね」  不意に自分の真横に廉の顔があることに気づいた尚紀は少し驚くが、その距離感が少し照れくさくて、視線を前方に戻した。 「六本木から富士山がこんなに綺麗に見えるんですね」  尚紀はとても貴重なものを見た気がした。  横の廉を見ると、彼は穏やかな表情をうかべた。 「尚紀と一緒にここから富士山を眺めることができて、俺は幸せだよ」  おもわず、僕もです、と頷きそうになる。 「はしゃいで喜んでくれた方が断然嬉しい。尚紀のそういう顔を見たかった」  廉がそう言ってくれて、尚紀は安堵した。子供っぽくはしゃいでしまった自分を、この人は受け入れてくれる。  二人で屋内展望台の大きな窓を巡るように歩き始めた。 「ところで、尚紀は今日は素顔だけど、外出するのに変装とかはしないの?」  唐突に廉に聞かれて尚紀は焦る。あまりされたことはない質問だった。変装? なぜ? と思った。 「え? 特には……。しませんが」  そう尚紀が言うと、少し廉は考えて、尚紀に目を閉じて、と一言。  尚紀が言われたように素直に目を閉じると、廉は尚紀に眼鏡を掛けた。  眼鏡?  思わず目を開くと、先ほどまで廉の顔にあった眼鏡が自分に掛けられていて、尚紀は驚く。 「え、なんですか」  鼻に当てていたパットやテンプルあたり、廉の肌に触れていたものがわずかに当たって温かい。  まさか眼鏡を掛けられるとは思わなかった。目は悪くないのだ。度は……と思って、度が入っていないことに気が付いた。 「え、これ伊達ですか?」  思わず尚紀が反応すると、廉は少し茶目っ気のある表情を見せた。 「伊達だよ。だから今日はその眼鏡をかけて、少し素顔を隠しなさい」  ここでは少し目立つみたいだから、と廉は言った。  簾の言葉に促されて、尚紀が辺りを見回すと、入場客の数人に目が合って、向こうがそらした。ひそひそ声が聞こえる。 「ねえ、あれナオキだよね?」  耳に入った囁きに驚く。もしかしてかなり目立っていたのかも。  思わず声の方角に背を向けた。びっくりした。 「す、すみません。僕、全然気づかなくて」  名指しでじろじろ見られる人間と一緒になんて歩きにくいだろう。もしかしたら、ここに来るまでも迷惑をかけたかもしれないと尚紀は思う。 「目立ってたかも……。すみません」  尚紀が頭を下げると、廉は大丈夫だからと気遣ってくれる。 「尚紀が気が付かないことは、一緒にいる俺が気がつけば問題はないことだ」  でも、と廉は小さく笑った。 「今日はモデルのナオキは休業だろ。俺は尚紀を独占したいんだ」

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