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10章(7)

 ドキリとした尚紀を、廉が優しく誘導して、展望台のベンチまで連れて行ってくれた。 「少し休もうか」  そういって並んで座る。  廉の眼鏡の効果があってか、物陰のベンチに座ってからは、尚紀の方を見てひそひそ話す声はなくなった気がした。人混みに紛れるというのは、この上ない安堵感がある。 「すみません……」  尚紀自身も何に対して謝っているのかよく分からないが、廉に気遣いをさせていることは申し訳なかった。  しかし、廉はそんなことを気にしていないようで、長い脚を組んでそこに頬杖をついて、優しいまなざしで尚紀を眺めた。 「気にしなくていい。好きでやってることだ」 「それに、眼鏡をお借りしてしまって。まさかこんなことになると思わなくて」 「気にしなくていいよ」 「これ、度が入ってないですよね……」  尚紀は改めてメガネを少しずらして見る。茶色いフレームの知的な印象の眼鏡。  廉が頷く。 「そう。だから俺はなくても大丈夫」  今日はコンタクトを入れていて、眼鏡は紫外線や埃対策で掛けているとのこと。あってもなくても問題ないらしい。 「こんな風に役立つとは思わなかったな」  持っててよかったと廉はそのように笑った。  人の波が落ち着くまで、しばらくベンチで休むことにした。 「尚紀が、ここを気に入ってくれたみたいで嬉しいな」  選んだ甲斐があると廉に弾んだ声で言われて、尚紀は恐縮する。 「はしゃいでしまってすみません……。僕こういう場所に来るの久しぶりで……」  そんな言い訳に、廉は笑みをうかべた。 「久しぶりなら新鮮だよね。俺からすると可愛い尚紀を見られて眼福だった」  そう言われて尚紀は曖昧に笑った。 「こういうところは、どのくらいぶりなの?」  廉にそのように問われて、尚紀は少し考え、苦笑を浮かべた。 「ここは初めてです。で、考えてみたら小学校の社会科見学で行ったマリンタワー以来かもしれません」  そんなにか、と廉は笑った。 「それは、なかなか久しぶりだね。テンションも上がるね」  そう優しく頷いてくれた。 「じゃあ、もう少し人が引いたらゆっくり見ようか」  そう言ってくれた。 「江上先輩は、こういうところはよくいらっしゃるんですか」  今度は尚紀が廉に話を振ってみる。  とはいえ、何から話して良いのか……少し戸惑っていた。  廉は長い脚を組んで尚紀の横に腰掛けており、それを見るだけでもドキドキしてしまう。  憧れの人。  そんな人を前に、まともな思考力など、ないに等しい。  廉は少し考えてみるが、尚紀を見て照れたような笑みを浮かべた。 「俺も……なかなか来ないね」  それでも廉がここを選んだ理由は、駅から直結していて寒い思いをせずに、軽い散歩ができそうだったからだという。  彼の気遣いはすべて風邪を引いて体調を崩したという尚紀のためであるのだと、改めて気がついた。 「あの……、いろいろとありがとうございます」 「尚紀に楽しんでもらうにはどうしたらいいか、あれこれ考えるだけで楽しい」    今日、廉と会ってから彼の気遣いをとても感じている。それはとても嬉しくて幸せな気分になる。このまま、彼の胸に飛びこめてしまえるのであれば、自分はどんなに幸せだろうか。

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