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10章(8)
先ほどは眺望を見てテンションが上がってしまったが、今日の目的を忘れてはいけないと尚紀は胸に刻む。
……でも、いつ切り出せば良いのか。
少し人なみが引いてきたので、再び展望室を二人並んでのんびり歩いてみることにした。
このフロアをくるりと囲むように展望室があって、そのほかにカフェや美術館、ミュージアムショップなどが併設されているらしい。なるほど、それは人が多いはずだと尚紀は思った。
廉の眼鏡が効いていて、あれからナオキだと指さす声は聞こえてこなかった。
今目の前には、東京タワーが見えている。自宅から東京タワーは見ることができたが、廉と一緒に見るだけで、いつもの風景がまったく違うもののように感じるから不思議だ。
こんなふうに、いろいろな風景を一緒に見ることができたら、なんと幸せだろう。
「江上先輩は、こういう素敵な場所をたくさん知っていそうです」
尚紀は廉を振り返る。
実年齢は二歳差だが、尚紀にとって廉はかなり大人に見える。しかし、廉は少し困ったような表情を見せた。
「そんなに知ってるわけではないと思うけど……、尚紀は喜んでくれそうだからな。これからは一緒に行こう」
そう言われて、尚紀は純粋に驚く。
「ええ?」
「尚紀と一緒でなければ、意味がないよ。付き合ってくれる?」
勢いで頷いてしまいたくなる。番になれる関係性であれば、何の疑問も持たずに、うんと頷けるのに。
「……予定が合えば」
どうしても断る言葉は言えなかった。
尚紀はそう笑った。
少しだけ。こんなに未練たらたらで、断ち切ることなんて難しいのだ。
「また誘ってください」
明日への希望を、浅ましくも捨てたくなかった。
展望台をくるりと一周して、尚紀がお茶を飲みませんかと誘い、同じフロアのカフェに入った。
この景色も眺望も素晴らしかったけど、この優しい人と、もっと話したかった。
窓際の席に案内され、尚紀は紅茶、廉はコーヒーを注文する。
二人は他愛ない話をずっとしていたが、話題はこの年末年始に移って行った。
「江上先輩は、年末年始はいかがでした?」
尚紀の問いかけに、廉は頷いた。
「尚紀に年末年始はご家族でと言われたから、ちゃんと元旦には実家に挨拶に行ってきたよ」
聞けば、廉は実家を出て、一人で暮らしているらしい。中目黒にマンションを借りているとのこと。
とっさに、日比谷線で近いかなと思ってしまう自分がさもしいと尚紀は感じた。
廉の自宅など行くことはないのに。
「俺には兄がいてね、兄の家族と俺と、元旦は実家に集まるのが恒例なんだ」
廉の兄には番がいて、子供もいるとのこと。
「それはとても賑やかで……楽しそうですね」
尚紀がそう反応すると、廉も頷いた。
「毎年、姪っ子甥っ子にお年玉をあげるのが楽しみになってるよ」
聞けば姪や甥にお年玉をあげて遊び相手になり、兄の夫夫とお酒を酌み交わして……というのが恒例なのだそうだ。
尚紀の実家……西家の正月とは随分違っていて、尚紀にはなかなか想像が難しいが、それでも暖かかくて楽しいひと時であるというのは伝わってきた。
「あと三が日のうちに、初詣も行ったよ」
廉がそう言う。
「初詣! どちらにですか?」
尚紀が問うと、彼は川崎大師に、と言った。
「学生時代からの親友達と恒例の行事なんだ。いつの頃からか川崎大師になったね」
初詣に行って、みんなでお守りや破魔矢を買って、おみくじひいて、お酒を飲んで……と廉は言う。
「そういう恒例行事、楽しそう。でも、川崎大師はとても混んでそうですね……」
「だね。お参りするにもかなり並ぶけど、それもまた正月ならではの行事らしさがあるかな」
そう廉は笑った。
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廉が話している、川崎大師へ初詣にいくお話はFORBIDDENの1章と2章の合間にあたる「正月の恒例」です
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