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10章(9)
「尚紀は、どんなお正月だった?」
当然のように廉は尚紀にも同じ質問を返してくる。
尚紀は少し考える。楽しいものであったと、上手に答えないと、とまず思った。
「僕は……、家でテレビを観ていました。簡単なおせちを食べて、ごろごろしていましたよ」
初日の出は家のバルコニーから見ました、と年末年始のイベントは最低限楽しんだという形を貫く。
「一人暮らしをしているんだよね。今年の年末年始は一人だったの?」
廉の当然の疑問に尚紀は頷いた。そうであったのだから仕方がない。
「ええ。今年は少し都合がつかなくて」
都合ってなんだろうと、なんとも曖昧な返事に自分でも呆れ返る。この人には誠実に向き合いたいのに、どうしてもつかねばならない嘘と事実が入り混ざった答えに、じわりと罪悪感も滲む。
気がつくと、廉がじっと尚紀を見つめていた。少し焦って言葉を重ねる。
「あ、でも野上社長がおせちを食べにおいでと言ってくれましたし、マネージャーさんも初詣に誘ってくれました。……僕の体調がイマイチだっただけなんですけど」
新年から発情期にみまわれたが、風邪を引いた、ということになっている。
「そうか。それは災難だったね」
「いえ……」
尚紀は首を横に振る。
不意に去年の年末年始が蘇る。
柊一と一緒だった。食料品店で買い求めた最低限のおせちに、筑前煮とお雑煮を作って、新年の挨拶をした。柊一は食欲はあったけど、お酒を飲む体調ではなかったから、アルコールと生ものは控えた。
来年のお正月はもう少し体調が良くなって、お寿司を食べたいね、と二人で話したのだ。
一昨年は当然のように柊一と達也と一緒で、ずっと続くと思っていた楽しい年末年始を過ごした。
もう二人はいない。どんなに望んでもあの楽しい日々は戻ってこないのだと、尚紀は改めて実感する。
不意に、喉元に迫り上がってきたのは、苦しい嗚咽。尚紀は驚いて、息を止めてぐっとそれを耐えた。
これまで怒涛で……おそらく考えることや感じることを後回しにしていたものだ。柊一が、もうこの世にはいないという事実。
柊一は死んだ。早々に夏木のもとに逝ってしまった。どんなに後悔してももう戻らない。
達也も、もういない。
一昨年のような楽しい年末年始はおろか、昨年のような二人の年末年始さえ、もう全て無くなってしまった。
まだ柊一の死を受け止められていないのだろうと尚紀は思う。柊一はきっと夏木と向こうでよろしくやっていると思いたくても、喉元に迫り上がってくる、何とも言えない苦い気持ちを、これから何度も味わうことになるかもしれないと予感する。
横浜湾に散骨までしておいて、時折こうして柊一を死なせてしまった後悔に襲われる。柊一の最期はもちろん、そこに至るまで。自分は柊一を思って、彼のために最善を尽くすことができただろうか。
……尽くせたと思っていたら後悔なんてしていない。
「尚紀?」
心配をした廉が名を呼ぶ。
我に帰った尚紀は、蓋が開いて溢れ出した感情を、再び無理矢理蓋をした。
今はだめだ。後悔も悲しみも自責も、あとで一人でやれば良い。
こんな姿を廉には見せたくない。
「いえ、なんでもありません」
笑え。
そう自分に命じて、尚紀は笑顔を浮かべた。
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