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10章(10)

「一人は寂しかったね。年末年始に人が集まる時期だから尚更だ。ネガティブなことに引っ張られそうだしね。来年もし都合がつかなかったら、ぜひ一緒に過ごそう」  何気なく廉がそう言ってくれた。  尚紀は暖かい気持ちになる。嬉しい。そう気遣ってくれる優しい人。  だけど、自分はこんなに優しい人に甘やかされていいのか、番にもなれないのに、好意に甘えて。大切にされて。  柊一を喪って、独りで生きて行くことになると思っていたのに、、こんなに寄り添ってくれる人に、自分を預けてしまってよいのか。自分は柊一にしっかり寄り添えたわけではないのに。 「江上先輩……」 「ありがとうございます。本当に親切にしていただいて……嬉しいです」 「何を改まって」 「そのお心遣いで十分です、僕は」 「………」 「僕がどんなに努力をしてもあなたの番になることは叶いません。僕はあなたになにも返せないんです。優しくされると……幸せだけど、辛い」  尚紀は身を縮ませた。 「僕の項には、変わらず前の番の噛み跡が残っています」  尚紀は襟を少し開き、顔を横に向けて項を晒す。きちんと見てもらわないと、おそらく廉は納得してくれないのだろうと思った。  そこには、かなり目立つ形で番の噛み跡があった。夏木は項を噛むときに、手加減などしてくれなかった。 「……尚紀」  何を思うのだろう。  少し廉は考えるような仕草を見せた。  そして尚紀に向き合う。 「俺は少し急いでいたみたいだ。ごめんね」  そんなふうに番の項を見せなければと思うところまで、俺は君を追い込んでいたんだね、と廉は言った。 「いえ、そんなことは……」 「尚紀には時間が必要だ。俺にも」  ただ、その言葉はその通りだと思った。  尚紀、と廉が呼びかける。 「まずは友人として、付き合ってくれないだろうか」  その言葉に尚紀は驚く。 「友人ですか……」  戸惑うが、本音を言うとそれはとても魅惑的に思えてしまった。番うことはできない、なんの価値もない自分と、今後も付き合いたいと言ってくれるとは思わなかった。  そして、ここまできてなお、廉との縁を続けたいと思っている自分自身に呆れていた。 「まさか中高時代の後輩と、こうして縁を復活できるなんてなかなかない。俺は今の尚紀のことをもっと知りたいし、今後は友人として気軽に付き合ってくれないだろうか」  廉のそんな言葉を尽くした提案に、尚紀は断る理由など見つからない。そもそも、友人という言い訳に、一瞬光を見てしまったのだから。  友人としてならば、こうして廉と会うことができるとも思ってしまったのだから。  少しだけ。  そう思って、尚紀は頷いた。 「そうですね。僕も、まさか江上先輩が僕を訪ねてきて下さるなんて本当に思わなくて……」  このご縁は大切にしたいと、言いたかったが、それは言えなかった。  尚紀は俯いた。そんな切り口を見つけてくれて、少し嬉しかった。 「よかった。ならば、お近づきの印に、尚紀にお願いがあるんだ」  廉が身を乗り出す。 「なんですか?」  廉はにっこり笑みを浮かべた。 「俺のことは廉、と名前で呼んでほしい。もう先輩でもなんでもないからさ」  名前で呼んでほしいな、と廉は魅惑的な表情を浮かべた。 「名前……。廉、さん……?」  尚紀がそういうと、廉はうれしそうな表情を浮かべて、二度頷いた。 「名前で呼ばれるのがこんなに嬉しいとはね」

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