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10章(11)

 年明けの六本木の出来事で、尚紀と廉の距離感は確実に縮まった。  連絡先を交換し、彼のたっての要望で「江上先輩」から「廉さん」に呼び方を変えて、再会の約束も交わした。こんなつもりではなかったのに、すべて意思が弱い自分が招いた展開、といえた。  彼の「友人として付き合おう」という提案には抗えなかった。  アルファとして、番を探しているに違いない廉に余計な時間を使わせてしまうことになりそうで、申し訳ないという気持ちも確実にあった。自分に関わり合ってるなどよりも、よほど他に目を向けた方が番と結ばれる可能性は高い。  しかし、その一方で廉と「友人関係」という、番とは異なる関係ができたことが嬉しいのも本音。  あのあと、あの時自分はどうしたら廉を拒絶できたかと考えてみたが、どう転んでも難しい気がしていた。  そんなせめぎ合う気持ちを抱えながら、頻繁に送られてくる廉からのメッセージを、尚紀は嬉しく思って開封するし、返信もする。朝晩の挨拶はもとより、ちょっとした気づきや他愛ない写真など、自分のために時間を割いて送ってくれるのに心がはずんで、彼からのメッセージを心待ちにしている本音も自覚していた。  神様は意地悪な采配をする。これでは、自分は彼への気持ちを断ち切ることなどできないし、彼は彼で番となる相手との出会いのチャンスを逃してしまう。互いに無駄な時間を費やしてしまう可能性があるのに。  そんなふうに神様に責任転嫁しても、結局は断ち切る覚悟がない自分の責任であることを尚紀もわかっていた。  こんな幸せなことをずるずると引きずっていたら、きっと手痛いしっぺ返しをくらいそうな気がしている。 「久しぶり。元気だった?」  気遣うような挨拶が相手から伝わってくる。  そんな電話が、尚紀のスマホにかかってきたのは、それからしばらくして。  パリにいる信からだった。 「信さん!」  信は、連絡がしにくい中でチャンスを伺っていたとのこと。二人で会ったのは一ヶ月も前だが、自身が多忙であるにも関わらず、ずっと気にかけてくれていたようだ。  柊一の消息を尚紀は翌朝に連絡していた。とはいっても信はすでに機上の人となっていたので、一緒に探してくれた礼と柊一の死去の報をメッセージアプリに入れたのみ。  その後、尚紀はすぐに発情期になってしまったため、信からの返信を見たのはそれから暫く経って。以降、互いのやり取りは途絶えていた。 「本来は僕から連絡すべきでした。ご心配をおかけして、本当にすみません」  尚紀は平謝りだ。 「ずっと気になってはいたんだけど、こちらもタイミングが掴めなくて。尚紀も大変だったんだろうし、気にしないで」  本当に信は寛容でおおらかだ。そんな彼に甘えてしまっている自分が情けない。  信とあの冬の夜に別れてから、尚紀の身にはさまざまなことが起こった。柊一の死、不意の発情期、そして横浜港での散骨と廉の出現……。  これまでの一月の展開が目まぐるしすぎて、尚紀は信に連絡することを躊躇っていた。  頭の隅にはずっとあったのだけど、柊一の死に向き合うことになりそうで躊躇があったのだ。

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