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10章(12)
「尚紀、俺のことは気にしなくていい。それより、シュウさんが亡くなって見つかったことは、本当に残念だったね。お悔やみ申し上げます」
そのように信に慰められて、尚紀は思わず口を噤んだ。
あの夜、孤独と不安に押しつぶされそうになっていた尚紀を励まして一緒に探してくれた信にそんな風に言われて、尚紀の気持ちにためらいが出る。
「信さん……。僕はシュウさんに何かしてあげられたのでしょうか」
そんな問いかけをしてしまうのは自分の弱さであると尚紀は十分に自覚していた。
「もちろんだ! 尚紀がいたからシュウさん頑張ったんだろ」
自分の問いかけに、信は欲しい言葉をくれると分かるから。そう言って欲しくて問いかけている自分の浅ましさに、自己嫌悪に陥りそうになる。
「尚紀は、シュウさんに懸命に向き合っただろ。その自分まで否定するなよ」
「……信さん……。ありがと」
尚紀は胸に痛みをかかえながら、礼を言う。本音は巻き込んで申し訳ない気持ちでいっぱいだ。信には気持ちを切り替えて、パリで活躍してほしい。
「信さんは、パリはどう?」
尚紀が話題を変える。その問いかけに、信の口からは毎日が刺激的といえるような生活の話が次々と出てくる。彼は現地のエージェントと無事に契約を結んで、活動を始めることができたらしい。
「東京と比べると全てのスケールが大きくて、毎日が驚きだよ」
そんなふうに近況を話してくれて、尚紀の気持ちは明るくなる。自分なんかとは比べ物にもならないくらい、高みを目指すその姿勢を、本当に尊敬しているし、眩しくも思う。
「信さんを本当に応援しているから、身体には気をつけて、頑張ってくださいね!」
そう心から彼の奮闘を願っている。
すると、信が少し口調を変えて聞いてきた。
「そういえば尚紀は、体調とかは大丈夫なのか? 大事な人を失うと、気持ちも落ち込むと思うし」
「……僕は……」
戸惑いが少し間に現れてしまった気がした。
「大丈夫です! ちゃんと発情期も来るようになったので」
そう強がる。
でもさあ、と信は話題を続ける。
「相手がいない発情期は辛いと聞くよ。病院とか行った?」
信の指摘は鋭かった。
「……いえ。でも大丈夫です」
返答の間に空く微妙な間に、何か感じるところがあったらしい。
「病院、行ってみなよ。なんともないと言われたらそれで安心だろ。総合病院とかなら『アルファ・オメガ科』とかあるし。俺はさ、体調が整わない時は行っていたよ」
信が病院通いをしていたとは意外な事実。
「そんな大袈裟なものじゃないって。フェロモンがおかしい時は体調ってイマイチだろ。抑制剤とかで調整してもらえるからさ。気軽に行ってみなよ」
信は体験談を交えて熱心に勧めてくれた。そんな彼に尚紀も感謝の気持ちが込み上げる。
「……信さん、ありがとう」
体調が整わない時に行ってみると伝えて、尚紀は信との通話を終了した。
尚紀も少し前向きになって、その場で病院の検索を始めてたのだが、しばらくそのままに。
またその直後、発情期の症状が現れてしまったのだ。それは再び数日間続いて、尚紀の体力を少しずつ削いでいったのだった。
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