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10章(13)
「西さん、西尚紀さん。診察室にお入りください」
朝から待ってそろそろお昼……。ようやく呼ばれたと、尚紀はベンチから腰を上げ、よろめきながら立ち上がる。微妙に待合室のベンチとお尻がくっついてしまいそうな感じだった。
信からの連絡の後に、再び発情期に見舞われてそれを乗り越えて、数日後。尚紀は近所の総合病院の「アルファ・オメガ科」の待合室にいた。
柊一が亡くなってから二ヶ月近く。その間に発情期が三回やってきた。オメガの発情期は一般的に三ヶ月に一度と言われており、夏木が亡くなる前は、尚紀もその間隔で発情期がやってきていた。それなのに、ここ二ヶ月で立て続けに三回。それはやはりしんどくて体力が奪われる。フェロモンが安定していないのは自分でもわかるので、どうにかしたいと危機感を覚えた末の、受診の決断だった。
もちろん、信に受診を勧められたのも大きかった。
尚紀は熱心に柊一に病院にかかることを勧めたが、いざ自分の体調が悪くても受診には消極的だった。理由はいろいろだが、どこにかかったら良いのか分からないというのも大きな原因だった。でも、一度行こうと決心して調べてみると、近所の総合病院にアルファ・オメガ科があることが分かり、ここでいいかと思った。
とはいえ、病院にかかるには事前の準備が必要であると、そこまで考えが及ばなかった。紹介状もなく、予約もせずに飛び込みのように来院してしまった病院で、診察までに数時間待つこともあると言われ、受付の人にも面倒臭がられた。それでも診てもらえるなら、と尚紀は辛抱強く待ち続けたのだった。
尚紀が少し身を小さくしてドアをノックし、続いて引き戸を開ける。
「失礼します……」
「こんにちは」
診察室にいたのは、四十代くらいの男性の医師だった。ワイシャツの上に白衣を羽織っている。
「よろしくお願いします……」
尚紀がそう小声で言うと、その医師はにっこり笑って、椅子にお掛けくださいと言った。
「お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」
そう医師は優しく謝罪したが、尚紀は大丈夫です、と強がった。正直座っているのもしんどい体調だったが、頑張った。
「今日はどうされました?」
医師は、尚紀が先ほど記載した問診票を読んでいる様子で、書類に目を通している様子。こちらに向ける視線はない。
「あの、発情期が不定期に来て、困っていて……」
医師はそうですか、と頷いて、ああ、番の方とは死別されるんですね、と問診票の記載を見つけて頷いた。
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